novels 2
□茨の冠
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……あの日、真っ白の花冠が、きみの頭に咲いていた。
五年間暮らした安アパートを引き払うべく、その日の秋山は押入れの中身を一つ一つ丁寧にかき出していた。
棄てるもの、段ボール箱に詰めるもの。
几帳面に選り分けていきながら、意外に棄てるもののほうが多いことに気付かされ、自分らしいなと自嘲する。
殆どのものが書物だった。
既に何度も読み返したものばかりだから、もう新居に持って行く必要も無いだろう。
そう判断し、ビニール紐で幾つかの本を束ねる作業を黙々と熟していく。
何気なく次の本を取り上げた時、はらりと何かが畳の上に落ち、一瞬秋山は紐を括る手を止めた。
それは写真だった。
拾い上げてみた瞬間、その切れ長の瞳が僅かに拡張されたかと思うと、今度は懐かしむように細められる。
「こんなもの、まだとってあったのか…」
公園のベンチに腰掛け、まどろむ少女。
その頭に乗せられた、名も知らない真っ白の花冠。
遠い春の日のちいさないたずらだ。
誰も知らない、自分だけの。
「俺、本当に幸せ惚けしてたんだろうな…」
数年の時を止めた写真。
今までも、そしてこれからも変わらない被写体。
この写真のように、彼の何かもまた時を刻むことを忘れている。
それで良かった。
歯車を止めたのは彼自身だし、何物の干渉も受けるつもりはない。
躊躇う事なく、秋山はその写真を本のなかへと戻した。
そして一度は廃棄する本たちの塔に紛れていた筈のそれを、自己弁明しながら段ボールの中へと収める。
この本はまだ読み返すと思ったんだ。
だから棄てずに持って行く。
ただそれだけだ。
花冠などとっくに枯れ果て打ち捨てられているだろう。
ただ今となっては、過去の自分という存在が棘となり茨となり、かの少女を傷付けることさえしなければそれでいい。
どうか元気で。
誰よりも幸福に。
秋山は次の本に手を伸ばした。
あの白い花の残像を無意識に探している自分に、知らぬふりをしながら。
end.