novels 2

□flame
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『嘘ついてごめんね』



口角を上げて嗤いながら、誰よりも信じていた人がそう言い放った。

きっと今、酷い顔をしてる。

そう思ったところで、ひずむ表情をコントロールする余裕なんて無い。



『騙したんですか…』

『ああ、騙したさ』



嘘をつく彼なんて数え切れないほど見てきた。

けれどそれはいつだって誰か他の人に向けられたものだったし、だから安寧していたのかも知れない。

彼の腕の中に居る私にまで及ぶ筈が無い、と。

それすらも空想の産物だったのに。

私は本当に馬鹿だった。



『邪魔物は消す。君は他者まで救おうとして、結局どんどん要らないお荷物を増やして俺にぶら下がろうとする。もう俺だって首が回らないよ』

『邪魔物…?』

『頭陀袋引っ提げて、この先やっていけると思う?俺だって自分の身が可愛いからね。はっきり言って、もう君のことまで構っていられない』

『頭陀袋…、邪魔物……』



ゆらり、と何かが私の内奥で静かに立ち上った。

冷たくて熱い。

ゆっくりと顔を上げて勁い瞳で見返すと、そのときになって始めて彼の表情に動揺の機微が見て取れた。



『…へえ。君、そんな顔も出来るんだ』



そんな顔ってどんな顔のことだろう。

けれどそうさせたのは他でも無いあなた自身です、秋山さん……。





あれから無理矢理に、自分の意思に反して安寧な生活に戻された私は、ただただあの日芽生えた小さな焔を抱えて苦悶していた。

それは、やはり怒りだったかも知れない。

当て所ない怒り。

騙されたこと、邪魔物扱いされたこと、不本意にもゲームから外されたこと。

身勝手で傲慢な彼に私は心底腹が立っていたし、そして酷く傷付けられていた。



ずっと腕の中に匿って守り続けてくれる筈だと信じていた私。

それは所詮幻想に過ぎなかった。

彼は決して心優しい騎士などでは無かった。

寧ろ私を騙して嵌めた狡猾な策士。



考えれば考えるほど苛立ちと哀しみが募るから、それならば考えることを放棄しなさいと自分に言い聞かせてみる。

けれども静かな水面にふとした瞬間に小さな波紋が広がるように、忘れたと思えばまた程なくして少しずつ混ざり合った感情が胸中で広がっていく。

見上げた私を僅かな動揺を秘めた瞳で見下ろしてきた彼を思い起こして、私は思わず眉を顰めた。



『…私があんなことを言われて、怒らないと思っていたんですか』



何故、何に対してあんなにも驚いていたんだろう。

誰だって騙されれば怒る、悲しむ。

騙される側の気持ちは彼もよく知っている筈なのに。

あの人が何を考えているのか本当に分からない。





「秋山は勝ったよ」



そして今、こうして尋ねてきた馴染みの事務局員から唐突に告げられた。

茶を啜る事務局員から無言で目を逸らすと、「あれ?嬉しくないの?」と素っ頓狂な声がする。

何も知らないくせに。

私はまた、冷たくて熱い焔を持て余して立ち竦んでいた。



「…私には関係ありませんから。どうせ邪魔物ですし」

「関係ないってことないでしょ。あれだけ一緒にいた相棒なのに」

「違う、ずっと邪魔な頭陀袋だったんです。私」



自分で言ってしまってから情けなくなり、喉元が少しだけ震えた。 



「面と向かって言われました。笑ってました、あの人。きっと清々してたんです。私が…お荷物が消えるから」



事務局員が苦虫でも噛み潰したような顔で直視している。

悔しくて、けれど何がそんなに悔しいのか自分でもよく分からない。

湯呑みから立ち昇るか細い湯気に視線を落としながら、私は必死で呼吸を整えようとしていた。



「あのさ、でも、もし…もしそれすらも、『嘘』だったとしたら?」



束の間の気休めなんて要らない。

反論しようとして顔を上げると、思いがけなく真剣な顔をした事務局員と目が合った。

媚び諂いや侮蔑の色は一切含んではいないその目に、ほんの僅かながらも何かが凪いでいく。



「嘘つきが今の秋山の本質だろうけど…、『どこまでが嘘なのか』、それを推し量ることを放棄しちゃいけないんじゃない。そうやって苦しんでるなら。余計なことかもしれないけどね」





ひとりになった部屋で永い間途方に暮れていると、メールの受信を知らせる音が鳴った。

開いてみて思わずはっと息を呑み、暫く携帯のスクリーンから目を離すことが出来なくなった。



─…会って話したいことがある。もしよかったら返信してほしい。秋山…─



私は果たしてあの人に会いたいのか、会いたくないのか。

分からない。

混ざり合い、溶け合って、益々曖昧になっていく感情。

歯痒くて、思わず唇を噛んでいる自分がいる。



どこまでが本心で、どこからが虚飾か。

彼と拘わり合っていく限り、私はいつもそれを心に留めておかなければならないのだろうか。

彼の言動、行動、その心、全てに疑ってかかれと言うのだろうか。

私は全てをありのままに曝け出してきたのに。

彼は、そうしてはくれない。

なんて理不尽なんだろう。



私はまた、燻りつづける焔を持て余している。






end.

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