novels 2

□その視線は導火線と成り
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例えばこんな風にじっと見詰められる時、唯々真っ直ぐ自分だけに照準を合わせられる時、そんな事が稀に起きているような気がする。

……息を呑む、とは良く言ったもので。

正に読んで字の如く、そのとき瞬時にして無意識下に呼吸を忘れてしまう。

何かせせり上がって来るような重圧感、はたまた圧迫感は、一体何を呈示したいというのだろう。



「…あの、私の顔に何か付いてます?」



声におかしな揺れが顕れなかったことを切に願った。

彼は何度か瞬きをする。一度、二度、三度―…。

伏せられた睫毛が押し上げられる度に、まるでほんの刹那の光線のようで、けれど鋭い刃のような視線が、ぶれること無く自分に注がれた。



「別に、そういうわけじゃ無いけど。ただ見てるだけ」

「な、なんか落ち着かないんですよね…」

「ふうん、そう。何で?」

「何でって……」



……あなたに見られていると、息が詰まるからです。苦しいからです。

言葉にはせずに、その返答は心の中でそっと落とした。

だってそんなこと、失礼に聞こえるかもしれない。

黙り込んだ私を見て、彼がどこと無く可笑しそうに、瞳を緩やかに細めて笑った。



「だって、俺が見てれば君も俺を見てくれるだろ?だから癖になったんだよ」



……ああ、

そうか。

私はもうとっくの昔から、その光線に焼かれて、その刃に貫かれて、私のすべてを持って行かれていたんだ。

呼吸すらも。

重圧感、圧迫感、それらは未だ自分の心を見ようとしなかった、私のチャイルドフッドをせき立てていたんだ。

…もう、すぐそこに。

私の中に、子供時代の終焉を告げるものがあるのだから、と。



「見ていずにはいられないっていうこの心理、君にはまだ分からないんだろうな」



……ちがう。

もう何も知らない無知な子供じゃない、導かれるだけの幼稚な私ではいられない。

本当はずっと、誰よりも私自身が、自分の成長を切望していたんだ。



「……秋山さん、私、あなたのことが、」



……何処か近くて遠い所で、鐘が鳴り響いているような気がした。

子供だった私を送り、そして大人になる私を迎える、細くて確かな祝福の音。


子供と大人のボーダーラインなんて曖昧だというなら、私はここをそれにしようと思う。

…振り向かない、戻れない。

既に門を潜り抜けた私は。



そう、決して後戻りは叶わない世界へと、この時足を踏み入れたのだから。






end.

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