novels 2
□その視線は導火線と成り
1ページ/1ページ
例えばこんな風にじっと見詰められる時、唯々真っ直ぐ自分だけに照準を合わせられる時、そんな事が稀に起きているような気がする。
……息を呑む、とは良く言ったもので。
正に読んで字の如く、そのとき瞬時にして無意識下に呼吸を忘れてしまう。
何かせせり上がって来るような重圧感、はたまた圧迫感は、一体何を呈示したいというのだろう。
「…あの、私の顔に何か付いてます?」
声におかしな揺れが顕れなかったことを切に願った。
彼は何度か瞬きをする。一度、二度、三度―…。
伏せられた睫毛が押し上げられる度に、まるでほんの刹那の光線のようで、けれど鋭い刃のような視線が、ぶれること無く自分に注がれた。
「別に、そういうわけじゃ無いけど。ただ見てるだけ」
「な、なんか落ち着かないんですよね…」
「ふうん、そう。何で?」
「何でって……」
……あなたに見られていると、息が詰まるからです。苦しいからです。
言葉にはせずに、その返答は心の中でそっと落とした。
だってそんなこと、失礼に聞こえるかもしれない。
黙り込んだ私を見て、彼がどこと無く可笑しそうに、瞳を緩やかに細めて笑った。
「だって、俺が見てれば君も俺を見てくれるだろ?だから癖になったんだよ」
……ああ、
そうか。
私はもうとっくの昔から、その光線に焼かれて、その刃に貫かれて、私のすべてを持って行かれていたんだ。
呼吸すらも。
重圧感、圧迫感、それらは未だ自分の心を見ようとしなかった、私のチャイルドフッドをせき立てていたんだ。
…もう、すぐそこに。
私の中に、子供時代の終焉を告げるものがあるのだから、と。
「見ていずにはいられないっていうこの心理、君にはまだ分からないんだろうな」
……ちがう。
もう何も知らない無知な子供じゃない、導かれるだけの幼稚な私ではいられない。
本当はずっと、誰よりも私自身が、自分の成長を切望していたんだ。
「……秋山さん、私、あなたのことが、」
……何処か近くて遠い所で、鐘が鳴り響いているような気がした。
子供だった私を送り、そして大人になる私を迎える、細くて確かな祝福の音。
子供と大人のボーダーラインなんて曖昧だというなら、私はここをそれにしようと思う。
…振り向かない、戻れない。
既に門を潜り抜けた私は。
そう、決して後戻りは叶わない世界へと、この時足を踏み入れたのだから。
end.