novels 2

□The damsel in distress U
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 ――翌朝。腫れぼったい瞼をこすりながら、直は細く長い溜息をついた。
 昨日は結局大学を休んでしまった。部屋に引き篭もって、一日中泣いていた。
 ふらりとした足取りで洗面所に向かい、おそるおそる鏡の中の自分と視線をかわす。
「……ひどい顔」
 直は洗面台のふちを強く掴んだ。
「こんな顔、秋山さんに見せられない――」
 秋山、という名を口にしただけで目頭が熱くなる。鏡の中の顔がみるみるうちににじんでくる。
 ……秋山さん、もう、あっちについたかな。


 気が進まないながらも大学に行き、夜六時半をまわったころに帰宅した。
 靴を脱ぎ、鍵もかけずに部屋に入って、フローリングにうつ伏せに倒れ込む。
 ねじを回されていない仕掛け人形のような気分だった。直には、それ以上自分の身体を動かす気力が残されていなかった。
『――夜七時までには帰るようにしろよ。君は危なっかしいからな』
 いつかの秋山の忠告を律儀に聞き入れて、今日もきちんと七時前に帰ってきた。
 いかに彼が自分の生活の隅々にまで浸透しているかを思い知らされる。
「もうダメ。動く気がしない……」
 買って来た食材を冷蔵庫に入れなくちゃいけない。ご飯を作って食べなくちゃいけない。
 やることは沢山あるのに。鉛をのみ込んだように身体が重たくて、動かすのが億劫だった。
 来訪者を告げるインターフォンが鳴った。
 それでも、のろのろと上半身を起こすだけにとどまった。
「……いいや。居留守、使っちゃおう」
 普段なら絶対にやらない。でも今の沈みきっている自分には仕方がないことだ、と直は自己弁明した。
 が、インターフォンはしつこく鳴り続けた。しばらくすると、今度は玄関扉を叩く音が聞こえてくる。
 居留守を使ってしまった以上今さら出るわけにも行かないので、それすらも無視していると。
 ――ガチャリ、とドアノブを回す音が聞こえてきた。
 一瞬にして直の身体が硬直した。
 ……鍵、閉めてなかったっけ?
 いつもなら絶対に閉め忘れたりはしない。秋山からも口を酸っぱくして言われていたことだった。
 今日は落ち込むあまり少し不用心が過ぎたようだ。
 そんな自分を呪う直の耳に、ドアが開く音が聞こえた。
 ひょうひょうと隙間風が部屋の中まで届く。直は身を震わせた。
 それでも足を叱咤して立ち上がり、玄関の方を向いた。
 同時に、ドアが閉まった。
 鍵をかける音がした。





To be continued

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