novels 2

□The damsel in distress T
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 ライアーゲームトーナメントが終焉を迎えてから、一年の月日が流れようとしていた。
「……さむ!」
 朝起きて、窓を開けてみて、凍り付くような寒さに身震いする。
 ……おかしいな。ついこの前まで、暖かかったはずなのに。
 小さく歎息しながら、部屋の主・神崎直は結露のうかぶ窓を閉めた。
 ――この一年の間に、色々なことがあった。
 フクナガやアカギ、マキゾノたち。始めのうちは仲良くしていたにも関わらず、二、三か月を過ぎた辺りからぱったりと、ライアーゲームトーナメントで知り合った彼らと連絡が取れなくなった。
 ぽつりぽつりと、ひとりひとり。
 なによりもこたえたのは、かけがえのない父親が亡くなってしまったことだった。
 直はとうとう唯一の家族を失ってしまった。
 それでもめげずに何とかここまでこられたのは、彼だけは未だに連絡が取れる状態にあるからだった。
 秋山深一。
 彼だけは今でも直に連絡をくれるし、時々会いに来てくれたりもする。
「秋山さん、元気かな……」
 前科者の秋山を雇用してくれる企業はなかなか見付からないようで、彼は黙々と日雇いや短期の重労働を続けている。
 ――ここふた月ほど、秋山からの連絡がめっぽう減った。
 前は三日に一度はメールか電話をくれていたけれど、それがだんだんと減ってきて、最近は二週間に一度連絡をくれるかくれないかという程度だ。
 きっと忙しいんだ、と直は何も聞かずにただ彼からの連絡を待った。
 それでも本当は、……寂しい。
 ひとりひとり、みんな自分のそばから離れていくみたいだ。自分一人が、この凍えるような世界に取り残されてしまいそうで。
 ……秋山さんまで失ってしまったら。
 そうなってしまったら、それこそ自分は壊れてしまうのではないか。
 そう思うほど強く、直は孤独を感じていた。


 テーブルに置いた携帯の着信音が鳴った。
 直は心臓の鼓動が跳ね上がるのを感じた。
 ディスプレイに表示された名は『秋山さん』。
 彼から連絡が来るのは、実にニ週間ぶりだった。
 嬉しさに喉元をぐっとつまらせながら、たどたどしく応答した。
『久しぶり。秋山だけど』
「秋山さん……、お久しぶりですね」
 本当に久しぶりだった。ともすれば溢れ出しそうな涙を、必死でこらえる。
 そんな直の異様な空気を悟ったのか、秋山の心配そうな声が聞こえてきた。
『どうした?』
「え?」
『いや、いつもと様子が違う気がして』
「……そんなこと、ないですよ」
『……』
「本当になんでもないですから」
『なんでもないようには聞こえないけど。……もしかして、泣いてる?』 
 秋山という人は、やはり誰よりも聡い。聡くて、そして優しい。
 直は片手で溢れる涙をぬぐった。
「ごめんなさい……」
『……なぜ謝る?』
 静かに問う秋山に、直はしゃくりあげながらいう。
「泣いたりして、ご、ごめんなさい」
『……』
「私、もう秋山さんに迷惑かけたくないのに――」
『カンザキナオ』
 雑音が入る。秋山は電話を持つ手を変えたようだった。少し動揺しているらしい。
『どうした?何か、嫌なことでもあったのか』
「――いいえ」
 直は即答した。取り乱しそうになった自分を恥じていた。
「何もありません。……ただ、こうして秋山さんとお話できて、うれしいだけです」
 本当は会いたかった。今すぐにでも。
 けれど言わない。言えなかった。秋山をこれ以上困らせたくない。
 そうか、と電話越しに秋山は嘆息した。
『言いたくないなら、強要はしない。――実は今、会いに行ってやれる状況じゃないんだ。少しの間、海外に行くことになった』
「……え?」
 直の声が上擦った。携帯を持つ手が震える。
 ……海外に行くって、どういうことだろう。
『今、もう飛行機に搭乗するところなんだ』
 言われてみれば、電話のむこうがやけに騒がしい。
「海外って、ど、どこに?どのくらい……」
『アジアの方にね。期間は何とも言えないな。……とにかく、むこうにいる間は連絡が取れなくなるから、それだけ知らせておこうと思って』
 直は呆然とした。
 ……秋山さんがいなくなってしまう。
『寒くなってきたから、君は体調に気を付けるんだぞ』
 電話越しに空港のアナウンスが聞こえた。直は携帯を強く握り締めた。
「あ、秋山さん、あの――」
『……ん?どうした?』
 ……行かないでください。
 言いたくても、言えなかった。涙がまた頬を伝って流れ落ちる。
 ……私に秋山さんを止める権利なんてない。
「――秋山さんこそ、お元気で」
『ああ』
「なれない場所で、体調を崩したりしたら大変ですから……」
『心得ておくよ』
「……」
『帰ったら必ず連絡する』
「はい。……待ってます」
『……それじゃあ、また』
 それをかぎりに回線が途切れた。
 もっと言いたいことがあったはずなのに。そのどれもが秋山の足枷になりそうで、どうしても言葉に出来なかった。
「秋山さん――」
 ……行ってしまった。
 もう、誰もいない。誰もそばにいてくれない。
 携帯電話を握り締めたまま、直は身を震わせて泣いた。
 朝の冷気にみちていく部屋で、悲愴感はよりいっそう増していくようだった。




To be continued

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