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□桂男
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暁月夜がおそろしいと感じるようになったのは何時からだろう。
夜が明けても執拗にその姿を誇示しようとする月が不気味なほどにおそろしい。
その姿に執念のようなものを感じる。


「・・・りん?どうかしたか?」


寝惚け眼を擦りながら優しく微笑を浮かべるひとに衾(ふすま)の中で冷えた身を寄せ、りんは固く目を瞑った。
愛しい人はかすかに震える彼女の身体を腕に招じ入れ、よしよし、とあやすように背を撫ぜる。


「怖い夢でも見たか?」

「月が」

「ん?月がどうした?」

「月が見てる・・・」


夫はふしぎそうな顔をして障子の隙間の向こうに見える夜明けの空を仰いだ。
銀色の月が遠くたなびく雲に遮られ、それでもなお形をとどめて空に浮かんでいた。
何のことはない。ただの消えかけの月だ。


「りんは本当に怖がりだな。なんでいつもそう月が怖いんだ?お前をとって食うわけでもあるまいし」


りんは温かい腕に抱かれたまま首を小さく横に振った。
彼が視線を落とすと、りんが声を忍ばせて涙を流していた。


「り、りん?」

「・・・いつか、いつかもしりんがいなくなってしまったらね、それはきっと月のせいだから」


妻が何を言っているのか皆目見当がつかず、彼は薄闇の中で彼女の頬に両手を当て顔を覗き込んだ。
涙に濡れる瞳は怯えに揺れ、表情はまるで岩のように硬かった。







不可思議な言動から日を置かずして、りんが屋敷から忽然と姿を消した。
近隣の下町やら山野やら、あらゆる手を尽くして捜しても、遂に彼女が見つかることはなかった。

ーーふと、いつの日か耳にした、くだらないと聞き流したはずの言い伝えを思い出した。

月には桂男という妖怪が棲んでおり、桂男に呼ばれたものは生命を削るらしいーーと。



生命を削られたというよりも、彼女はそのあやかしに連れ去られたのではあるまいか。
涙に明け暮れ、彼は愛する妻が消え去った閨(ねや)からひとり、恨みがましく新月の空を仰いだ。



心無しか暁月夜が減ったような気がする。
ほしかったものを手に入れて満足した・・・ということだろうか。







end.

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