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□廻り続ける輪
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(※捏造未来)


──廻り続ける輪。それが輪廻というもの。
一度離れてもまた同じ場所へめぐりめぐって戻ってくる。
花が淡く色づいてほころぶ、そんな季節が去ってしまっても、またいつの日か必ず、大地に戻ってきてくれるように。
描いた円に途切れるところがないのと同じように、その輪廻の営みには終わりなどない。

──そう、終わりなどないと知っているから。
彼女はきっとまた、ここへ戻ってきてくれるから。

「俺、ここでお前のこと、待っているから」

振り返って笑った彼女の、柔らかくしなやかに細められた瞳に、未練はなかった。
それは、きっと互いに、また運命がめぐり合わせてくれることを信じていたから。

「どれだけ時間が掛かってもいい。少しくらい寄り道したって、それはしょうがない。─…でも約束してくれ、必ず俺のところに、戻ってくるって」

同じ円の外側を廻り続けて、そうしてまたここへ帰ってきて欲しい。
それまで俺は、輪廻の輪への誘い人として、多くの魂をここへ導くだろう。
また出逢うその時を、心待ちにしながら。



桜が咲き、そうしてあっという間に花吹雪となって散っていくのを見送るたびに、今年もまた、彼女を思う。
春の訪れは、目に見えるようでなかなか分かりづらい。
ふと気が付けばマフラーが、身を覆う分厚いコートが要らなくなり、そうして、気がついてしまえばすぐに、音も無く過ぎ去っていく。
彼女の、真宮桜の訪れも、それによく似ていた。
春の花の名を持つだけあるな、──と。花吹雪の中を飛翔しながら、これだけ時間が過ぎても変わらない愛おしさに、心は揺れる。


祖父を失ってから、ひとりぼっちだった。孤独だ、と思った。
祖母と死神界で生きることを拒み、あのろくでなしの親父とは極力の関わりを避けていた。
でも、それでもいいんだ、と思っていた。
人間界でひとりで生きることを決めた日、もう誰に見られなくてもいい、と自分に言い聞かせた。
自分はただ粛々と、半端な死神としての任務を遂行していればいい。自分の知らないところで理不尽に積もっていく借金の返済に、追われていればいいのだと。
それが自分の生まれた意味なのだといつしか思っていた。

諦めかけていた。──自分の人生を。



そんな自分を見つけてくれた、真宮桜。
その目で、俺を真っ直ぐに見てくれた。存在を気にかけてすらくれた。
誰にも見られることなく、なかばそこに自分など存在しないんだと言い聞かせてきていた俺を。
おじいちゃんが死んでからまとい続けてきた羽織を脱ぐようになったのは、誰かに姿を見て欲しいかもしれない、と思えるようになったのは、きっと彼女のおかげだ。
死神でも人間でもない中間地点にいる俺が、存在を世界から隠し続けて生きようと決めた自分が、初めて自分から姿を晒したいと思った人間。

真宮桜。

舞い散る花びらの中で、たまに見せてくれた心からの笑顔を、心の中で大事に紐解いた。

──いつから彼女に、心を奪われていたんだろうか。




「黄泉の羽織を着てたら、やはり見つけてもらえないだろうか──」
別れのすこし前、病に伏せる彼女に、そう訊いたことがある。
すると、彼女はいたずらっぽく目を細めて、ううん、と首を静かに横に振ってみせた。
「きっと大丈夫。見つけてみせるよ」
「本当か?」
「うん。でも、私がいなくても、たまにはそれを脱いで、誰かと関わりを持ってほしいな」

ひとりになってから、もうとても指折って数えることなどできないほど、たくさんの季節を見送ってきた。
移りゆく世界の中で、それでも時には羽織を脱いで、姿を晒して、心を通わせた人々もいた。
そうして心を通わせた人々の魂を、いつか空高く浮かぶあの輪に誘う役目を、俺自身が担わなければならないのだと知っていても、忠実に真宮桜の言葉をまもった。

彼らの魂も廻り廻って、そうしていつかまた自分でも気が付かないうちに、案外近くにいるものなのかもしれない──。
そう思うと、出逢いの全てが尊く思えた。



途切れることのない円を、描いてくれたのは彼女。
死神の血が混ざっている俺はまだ同じところから動くことはないだろうけど、人間である彼女は、その円のまわりを休むことなく歩き続けなければならない。

真宮桜。彼女の魂は輪廻転生を繰り返す。

形を変えるだろう。おじいちゃんが鯖になったように、彼女もまた、人外の生き物に生まれ変わるだろう。

そうして朽ち果て、また転生して、いれものを変える。

いつかまた、人の姿を得て生まれ落ちる、その時まで。──俺は待ち続けたい。



輪廻とは、廻り続ける輪なのだと知っている。
その輪が一周すれば、きっとまた、どこかで彼女に会える。


「待ってるよ」


きっと今もどこかで、円の外側を歩いている彼女を想う。
あの世とこの世の境界で、太古の昔から止まることなく廻り続ける、その赤い輪を仰ぎ見ながら。








end.

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