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□来てはちらちら思わせぶりな 今日もとまらぬ秋の蝶
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芒(すすき)の穂を両腕いっぱいに摘み取ったアシタカが、ふうと息をつき腰を上げる。

十五夜が来るからと踏鞴場の村の皆に頼まれ、つい意気込み過ぎてしまったのだった。

芒の生えている丘は山犬たちの縄張りだというので、アシタカが適役だと皆から推されてしまった。

芒を取ってくることくらい造作もないことなので、彼は快諾してこうして芒の丘までやって来たというわけだった。



「そろそろ手一杯だな。帰って皆に渡してこよう」



ヤックルが耳をピクリと動かす。手が一杯なので跨ることが出来ない。ついておいで、とアシタカが優しく声をかけ歩き始めると、不意に何かが視界を覆い尽くした。



「な、なんだ!?」

「ここは我らモロの一族の縄張り也!我らの地へ無断で足を踏み入れる貴様は何者だ!」



わざとらしい低い声が耳を過ぎる。アシタカは驚きに芒を全て腕から落としてしまい、がっくりと肩を落とした。彼の様子を察してか、背後からくすくすと可笑しそうに笑う声が耳を擽る。



「──さてはサンだな?」

「ん!貴様、なぜ私の名を知っている!」



風を切る音が耳を打ち、振り返ったアシタカの首元にきらりと光る小刃の切っ先があった。碧く輝くそれは、彼が彼女に贈ったものだ。

悪ふざけも大概にしないか、と歎息するアシタカが切っ先を喉元に突き付けるその細い手首を掴もうとすると、少女が悪戯っぽくにやりと笑い、さっと彼の目の前から退く。

何としてでも捕まえてやる、とアシタカが彼女の後を追い始めると、サンは時折振り返って舌を付き出して笑いながらあちこちを駆け回って彼を手古摺らせた。



「待て、サン!」

「ふん、私を捕まえようなど百万年早いぞ!人間の小僧!」



ちょこまかとあちこちに小動物の如く逃げ回っては、彼をからかう少女。アシタカは業を煮やして、更に早く駈け出した。



「──さて。ではその人間の小僧に先を越されたのは、誰かな?」

「……くっ」



ざっ、とアシタカの沓(くつ)が地を擦る。肩で息をして、アシタカが汗を拭いながら勝ち誇った笑みを浮かべていた。鼻先でふりまかれたその笑みに悔しげに唇を噛み地団太を踏むと、彼女は、



「…それで勝ったつもりか?隙だらけだな、アシタカ!」

「──えっ?」



刹那、少女がつま先立ちをした。ぐいっとアシタカの後頭部が引き寄せられ、ふたつの顔が更に近くに寄り、鼻が擦れ──



「サ、サンっ!?そなた、何を!」

「…ぷっ、あはははっ!だからおまえはまだまだ隙だらけだというのだ、アシタカ!」



今度はサンが勝ち誇った笑みを浮かべて、唇を片手で押さえて赤面するアシタカを面白おかしそうにからかう。

アシタカは蹲って悔しげに地を叩く。情けない。男として情けなさすぎる。彼が頭を抱えて苦悶している間に、不意に聞こえた彼女の声は遥か遠ざかっていた。



「アシタカーっ!また明日来い!明日は月がまるくなる日だからなー!」



はっと顔を上げると、彼の眼の前には落として散らばった筈の芒の穂たちが、丁寧に一本の芒で束ねられてあった。

声のする方に目を凝らすと、遠く森の入り口で手を振る少女が微かに見える。その手には、一本の芒の穂。

アシタカはぎこちない笑みを浮かべて手を振り、彼女が森の中へと帰ってゆくなり幾度目かの溜息を吐いた。



いつになったらこんなじゃれ合いを止めて、自分のことを一人の男として見てくれるようになるだろう。

どうにも道程(みちのり)は遠く思え、彼は柔らかな唇の感触の残る部分に指先を触れてまたひとり赤面した。






end.
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今は夏なのになぜに秋の話なんでしょうね…(笑)

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