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□むばたまの夜の衣を返してぞ着る
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─…どうしようもなく恋しくて、恋しくて堪らない夜には。
夜着を裏返しに着て眠ると、夢で想い人に逢えるんだって。


「りんちゃん…」
「だってりんには、こんなおまじないくらいしか出来ないから…」


夕餉の御裾分けにと楓の家を訪れたかごめは、白い夜着を裏返して着ていたりんに、その理由を問うたところだった。
そうして返して寄越された答えに困窮し、かごめは思わず瞳を曇らせる。


「最後に殺生丸がこの村に来たのって、いつ…だったっけ?」
「─…わかんない。もう、ずっと前」


りんは項垂れて、長い長い溜息を吐いた。
肩口から零れる長い黒髪は、過ぎ去った時の長さを物語るかのよう。
りんがこの村に預けられてから、既に幾年。
りんはじきに十八を迎えようとしていた。


かごめはそっと溜息を吐いて、慰めるようにしてりんの頭を撫でた。
なかなか実を結ぶことのないこの少女とかの妖怪との恋を思い、ただ憐れみに心が締め付けられる。
数年前から、足繁く村を訪れていた殺生丸の足が遠退いた。
一週間毎、一か月毎、数か月毎。
ここ最近となっては、季節を幾つも飛ばして訪れることも稀ではなくなっていた。


「もう殺生丸様は、りんに会いたくないのかなあ…」
「そんなこと、ないわ」
「でも…」
「きっと何か事情があるのよ…。だからそんなに落ち込まないで、りんちゃん」


言いながらかごめは、自分の無力さを思い知らされて堪らなく情けなく感じた。
何を言ったところで、気休めにすらならない。
恋煩い苦悩する少女のそのすがたは、かつての自分と重なるものがあるのに。
心に開いた空洞は、誰に埋めることも出来ない。
─…あの妖怪以外には、誰にも。


「約束してくれたの。冬を越えたら、一番きれいな梅を見に連れて行ってくれるって」
「そうだったの…」
「でも、それももう…二年も前の話なんだよね」


ぱたぱた、とりんの掌に涙が落とされ、それから指の間へと伝い落ちて行った。
声を上げて泣きじゃくることを忘れたのは、いつからだっただろう。
りんは掌をただじっと見下ろしながら、過ぎ去った時を思った。
ともに過ごした時の数倍の時を、既に経てしまった。
時を重ねれば重ねるほどに、あの輝かしかった時すらも、遠くへ流されて滲んでいってしまうのだろうか。


「今年の冬の終わりには、来てくれるかなあ…」


しんしんと降り頻る雪の積もる村の景色は、かの妖怪にも似た白銀。
白銀は、こんなにも近くにあるのに。
どうしてあの妖怪にだけは、辿り着くことが出来ないのだろう。


だから夢を見る。
衣を裏返してまじないをかけ、甘美で淡い、ひと時の夢を。
その世界の中で、果たされた約束と、咲き誇る梅花の色彩をただ噛み締めていたい。


まだ、耐えられる。
まだ、待っていられる。


「きっと、来てくれるよね、殺生丸様」


だから今日も、夜着を裏返しにして。
夢の中の邂逅を待ち侘びながら、眠りに落ちましょう─…。






end.

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