アビス(アシュルク?いや、ギンジも出張ってます)
アッシュからの通信。
それは頻繁にある物ではなく、むしろその逆。週に一度あるかないか。どうかすれば二三週間無い時もある。
だが、それを受けたルークは頭痛に苛まれながらもアッシュが何かを言う前に一言、言った。
『ゴメン、切ってくれないか』
アッシュがルークからの通信を断られたのは初めての事。
動揺を隠しながらアッシュが怒鳴ろうとするとルークは「ごめん」とまた一言だけを言い、それ以降は黙ってしまった。
「…」
アッシュが瞼を上げる。
既に通信は切っている。いや、言葉が通じないという点ではルークの方から切られた、といった方が正しいのかもしれない。
「アッシュさん、どうでした?みなさん、元気そうでした?」
アッシュが目を開けたのを横目で見たのか、ギンジが問いかける。その問いにアッシュはただ、「いや」とだけ答えた。
「…何か、あったんですか?」
「…どうしてそう思う?」
「いや、だって…アッシュさん、何かあったら言いそうだし」
「…」
「それにいつも通信終わったら、あの屑が、とかナタリアは大丈夫なのか、とか言うじゃないですか。独り言だけど」
「…そうか」
そんな事を口走っていたのかと、改めて思う。
「だから、何かあったのかなぁって」
「いや、大した事じゃない」
「の割には、顔は凄いですよ?怖いっていうか、怒ってるっていうか、悲しそうっていうか」
「悲しそう?」
そんな顔をした覚えはない。としても、自分の顔は自分の目では見えないから確認の仕様がない。
憮然とした表情でアッシュが黙っているとギンジが再び口を開く。
「いいんですか?会いに行かなくて」
「行く必要があるのか?」
「いや、でもそんな顔をされたままだとオイラがやり難いっていうか…それに気になるんだったら行った方がいいんじゃないかなぁって」
「気になどして」
「そしたら、そんな顔して隣に座らないで下さいよ」
「…テメェはただの操縦士だろうが。それなら」
「操縦するのだって神経使うんですよ?オイラの胃に穴が開いて、しばらく移動できなくなってもいいっていうんだったら、いいですけど」
胃に穴が開くような神経をしていたら、そう口には出して言わないだろう。
そう、思うアッシュだったが、移動手段が無くなってしまうと困るのはアッシュ自身だ。
ギンジに乗せられている、そう解っていながらもアッシュは目的地の変更を告げた。
アッシュにはどうしても会いたくなかった。声も出来れば聞きたくない。いや、顔を見られたくないのだ。
普段なら会いたいと思う。声を聞きたい。傍に居たい。そう素直に思う。
けれども今はそれが出来ない。
体調が思わしくない、等といった理由ではない。ただ、今は心が…。
だから、便利連絡網がつながった時も『どうして今なんだ』と一瞬だけ恨めしく思った。
それを隠しながらなんとか『切ってほしい』と言う事が出来た…けれどもアッシュは不審に思った筈だ。
ベッドの上で膝を抱えて丸まる。
暖炉には火も居れず、部屋の明かりも灯していない。仲間にも、今はそっとしておいてほしいと伝えてある。
一人で薄暗い部屋の中に居ると、世界で自分一人の様な酷く不安で寂しい感覚になる。
そうして自身を憐れむ俺を嫌っている。本当に悪循環だ。そして、分かっていても自分で止められないのが本当に嫌だった。
「――屑」
薄暗い部屋に廊下の明かりが差し込み、閉じこもる俺に当たる。光に侵食される。
「何を、している」
今、最も会いたくない人が、戸口に立っていた。
動物を躾ける100の方法(1/2)
『傷を隠す癖があるので注意しましょう』
一言後書:続きます