Take

□可能な限りの必然的な事象
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【可能な限りの必然的な事象】





気付いた時には──。


初めにやりだしたのは、子供が覚えている限りでは彼だった。
薄暗い場所に、幾つもの機器が乱立する。どれもが稼働しており、排熱でオーバーフ
ローしない為にと。室内の温度は、年間を通して一定に保たれていた。
正面中央に、まるで玉座に座る少年王と思わせる子供。彼が、この部屋の主だ。
「セキュリティシステムのメンテナンスなんて、別に管理室の奴らでも出来るだろ
…」
「仕方ありません。それを組んだのは、少佐です」
「了承したのは、ガルル。お前ェだろ…」
「持ってきたのは、大佐です」
「指名したのは、総督だ」
「あれ?私かな?」
「…………………………」
言葉遊びの様なそれは、奈落と呼ばれるラボでは日常茶飯事。
子供が奈落に住み始めた頃は、訪れる者は一人だった。その内に一人増え、二人増
え。今では、当たり前の様に訪れる。
身元保証人である大佐が連れてきたのは、部下であるガルルのみ。護衛役のゾルルは
勝手に住み着き、総督は勝手に養子縁組をした。
「後見人って、話じゃ無かったかァ?」
「ここまで来たら同じでしょ」
「人事課を泣かしたのは、どこの誰ですか…」
「ここの私だけど?」
「役所の市民課泣かせたのは?」
「…ガ……ルル…だ……」
どうやら、誰かしら泣かせていた様だ。
定着しつつある五人の形。
個性の強い面々だからか、好みも色々とある。


切っ掛けは、総督が持ち込んだ一つの袋。何も変わった物では無い。店で売られてい
る、ビニールのパッケージ。中身は、珈琲豆。
大佐とガルルの趣味が出来たのは、この時だ。
「…不味い…」
「飲めなくは無いですが…」
「美味しくは無いね」
「何がいけなかったのでしょうか…」
ありきたりのコーヒーメーカーが、寂しそうに佇んで居た。
しばらくすると、あまりに食事を取らないクルルに、ゾルルが動く。
以前の食生活がどうであったかは、彼には解らなかったが。それでも、簡易栄養食品
では体に悪い──と、思ったのだろう。暇を見付けては、料理本を読んでは作るを繰
り返し始めた。
「…クル…ル…」
「あ?今、忙しい」
「…い…いか…ら、…食…え…」
凄む迫力で言われてしまい、いつもなら拒否するのだが。この時は、大人しく食べ
た。
この時のメニューは、白身フライのタルタルソースとご飯に味噌汁だったとの事。
無理矢理ではあるが、食べさせる事に成功したオートメイルは、ますます料理へ没頭
したのは当然か。
この料理から、数日後。意外な才能を発揮し始めた者が居る。
大佐だ。
元が隠れ甘党であった彼が、珈琲に合う菓子作りに熱を上げ始めた。
最初は、ホットケーキ。
「食えなくは、無ェな」
次に、クッキー。
「紅茶を混ぜても、良いかも知れません」
次が、マドレーヌ。
「……う…まい……」
満を持して、シュークリーム。
「うん。良いじゃない!」
気付けば、菓子作りのレパートリーは増えるばかり。新作が出来ると、必ず珈琲の供
に出される様になった。
滅多に甘い物を食べないクルルも、大佐の作る菓子は食べていたらしい。
珈琲の方も、改善がされて行く。
淹れ方を調べ道具まで用意したのは、子供自身。好みの珈琲に辿り着くまで、そう時
間は掛からなかった。そこから受け継いだのが、ガルルと大佐である。
コーヒーメーカーで淹れていた物を、ガルルはサイホンで淹れる様になり、大佐はネ
ルドリップで淹れるのに落ち着いた。
「マンデリンか、それともブルーマウンテンか…」
「イタリアンローストも良いかもしれません」
因みに珈琲豆は、地球からの輸入品である。
「俺、マンデリン」
「私は、イタリアンローストの方が好きかな?」
「………………………」
我が儘と言ってしまえば、そこまでだろう。


休憩にと、テーブルと椅子をせり出させ、黄色と橙色のチェック柄をしたクロスを敷
く。そこへ、大佐が持ってきた箱を置いた。
「…今…日……は……?」
「クルルが、ベイクドチーズケーキを食べてみたいと、言ったからな」
「前は、スフレでしたね」
大佐が、菓子作りに凝りだしたからか。集まる面子は、それなりに舌が肥えている。
一度、有名店の菓子を持って訪れた時があったが、誰も完食しなかった。
理由は、簡単。
プロが作った物よりも、大佐が作った菓子の方が旨いらしい。これは、ゾルルの作る
料理も同じだと言う。
「クルルくん、勝負勝負!」
「ククッ。負けねェぜ?」
二人の勝負は、どちらの好みで珈琲を淹れるか。
勝負方法は、ジャンケンにしている。これなら、相手との心理戦であるから、公平
だ。
クルルも総督も、相手に読まれない様に、初めに出す手は一定では無い。なるべく、
ランダムに見える様にしていた。
二人が勝負している間。ガルルが、珈琲を淹れる準備をする。
「「ジャンケン、ポン!」」
落胆の声と勝者の声。
「ガルル、マンデリン」
「解りました」
喉の奥を鳴らしながら、クルルは独特な笑いを見せた。
彼らが集うのは、たった一人の子供の為。
年よりも痩せた体に、大きめの眼鏡と白いヘッドホン。袖の余る白衣は、いつもの事
か。
テーブルの箱を開けると、出てくるホールケーキ。
「大佐。次の就職先、決まりだなァ〜」
ケーキナイフをオートメイルに渡すと、器用に切って行く。
「退役しても、順風満帆じゃない。良かったね」
珈琲の香りが、奈落の中に漂い始めれば。一つ息つく時間の始まり。
「資金出してくれます?」
「株主なら、ガルルくんがいるから大丈夫」
「拒否権ありますか?」
「……普…段……」
大きな溜め息が吐き出されると同時に、珈琲が出来上がる。
これが彼らの日常だ。


限りがあるのを知るから──。














〜fin〜

奈落。3時のオヤツ。




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HAL様の書く奈落組が好きです。
オリケロの総督と大佐のキャラが私は大好きです

文章もかっこよくて憧れます


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