B-Dream

□日輪の輝き
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しとしとしと。


雨水が庭石や木々を叩く。湿った空気が身体に纏わりついて鬱陶しいが、雨季に入ってしまったのだから仕方が無い。

私は手に水の入った花器と、紙で包んだ大輪の紫陽花を持って、目的の部屋の前に腰をおろした。持っていた花と花器を横に置くと、主不在と知りながらも、失礼致します、と頭を垂れながら一言声をかけてから、襖をあける。

すっと襖を静かにあけ、双眸を部屋の中へと向ければ、文台に向かう一つの背が目に入り、驚きで胸が鳴った。


「誰が入って良いと申した」


背を向けていたのは、この部屋の主にして安芸を収める毛利元就様。

文台に向かい書き物をしている元就様は、書く手を止めず、こちらを見る事もなく、言葉だけを投げかけてくる。

不在と思っていた主が居たのには驚いたが、元就様の抑揚のない声に我を取り戻し、浅く一息を付き、落ち着きを取り戻してから言葉を返していく。


「申し訳御座いません。軍議でいらっしゃらないと伺っていたものですから、返事を待たずに入ってしまいました」

「…何用ぞ」

「雨季で日輪が顔を出しませんし、元就様の気休めにでもなればと、庭に咲いていた紫陽花を飾らせて頂きたく思いまして」

「………」


自分が部屋を訪れた用件を主に告げたが、元就様は何も言わず、手だけを動かし続けていた。


「……」

「……」

「……」

「……」


しばし待っても、やはり言葉は返って来い。


もし駄目なのならば、そんなもの不要ぞ、と早々に一蹴する筈だ。良いも悪いも仰らないので、良いという事だろうと判断して、花を飾る事にした。


「……失礼致します」


花器と紫陽花を持ち、執務の邪魔にならないよう、足音を極力立てないように神経を使いながら、文台の隣にある床の間へと足を運ぶ。

床の間に花器を置き、紫陽花と一緒に紙で包んでいた剣山をその中に浮かべ、紫陽花の茎を切りながら高さを揃え挿していく。
外を濡らす雨音が微かに届く部屋の中、元就様の紙をめくる音と、私のハサミを動かす音だけが響く。









暫くして全ての紫陽花を花器に飾り終え、正面から見据え、形が崩れていないかを確認する。

自分で言うのも何だが、なかなか綺麗に飾れたと思う。

切った茎とハサミを、紫陽花を包んでいた紙にしまっていると、執務をして筈の元就様の姿が見えた。
いつから見ていらっしゃったのだろうか。
顔だけをこちらに向けて、元就様は私の飾った紫陽花に見つめていた。


「……綺麗だな」


ぽつりと呟かれたのは、普段なら聞き漏らしそうな小さな声であったが、静かな部屋の中では十分に私の耳もとまで届いていた。


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