イノセント・エイジ

□4.過ち罪に濡れて
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麻里は雅人の背を抱きしめた。

「お父さん、優しいよ。虐め…ないよ。……赤ちゃんが出来たお母さんを大事にしてるでしょ?」

自分で言いながら苦しかった。
昨夜偶然見た父は知らない女とホテル街に消えて行った。

「でもね、前のお父さん、お母さんがいるのに、知らない女の人と家出て行っちゃったんだよ」
「ま、雅人くん…それって」

雅人の母がその夫と離婚したのは女性関係が理由だったのか。

衝撃だった。夫の浮気――今の状況に酷似している。

「ぼくたちはまたお父さんに捨てられるの? お母さん赤ちゃんいるのに――」
「そんな…ことないよ。お父さん、そんなことしない」

そう言葉にするのが辛かった。

人工灯が見せた幻と、どんなに否定しても自分が父を見誤るはずがない。
昨夜のあれは父なのだ。

だが、違うと言って欲しい。
仕事の関係でたまたまそこを通っただけなんだと思いたい。

「だって、お母さんそう言ったんだもん。お父さんの帰りが遅いのも、今日休みなのに出かけるのも、みんな――」
「雅人」

それ以上は言わせず、小さな身体を抱きしめた。
雅人の身体を通して、自分を抱きたかったのかもしれない。

(私――分かんないよ……っ。お父さん――…)

麻里にしがみついている雅人が、母が出て行った日の自分と重なる。

(こんなの嫌だよ)

今まで考えないようにしてきたが、親が離婚したのも、再婚したのも、すべて親の…大人の勝手ではないか。
そして今また私たちは振り回されるのか。

「でもでも、捨てられるのもうイヤだよ。ぼく良い子にしているから、わがまま言わないから――」

雅人は決して無口な少年ではないのだ。

今まで誰にも告げることが出来ずにいた思いが父母の言い争いを見て一気に溢れ出す。
本当なら親が負わねばならないものを自分のせいだと、小さな身体のうちに溜めていた。

「雅人…大丈夫だよ。大丈夫だから――」

何を言ってやれば少年は安心するのだろう。
そして自分も。

明確な言葉は見つからない。

(雅人も私も…同じなんだ……)

親に再び捨てられることに怯えている。

麻里は笑みを浮かべる。

「ね、大丈夫だよ。お母さん、赤ちゃんいるし、私もいるよ? 雅人一人じゃないよ」
「おねえ…ちゃん……」

麻里は雅人を抱きしめた。
今は自分も一人じゃない。

「雅人はおねえちゃんのことイヤ?」

腕の中で雅人が首を振った。

子供たちは同じ傷を持っていることに気づいた――。
 
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