イノセント・エイジ
□3.初めての体験
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父は今日も帰りが遅い。
こんな時期、今まで忙しかったろうかと思いながらも、新しい保護者に外泊したいと言った。
「お友達のおうち? 向こうの方は良いと言ってくださっているの?」
「うん。いつも一緒にいる春美のところ。由紀子も一緒なんだ」
名前を聞いても誰だか分からないだろう。
母はどう返事をするべきか悩んでいるようだった。
「ねぇイイでしょ? お母さんもだいぶ落ち着いてきたみたいだし」
少し甘えた声を出す。
「お父さんにも聞いてみなくちゃ」
「んー最近お父さん遅いし、疲れてるみたいだからあれこれ言いたくないな」
「そうね…今週の土曜日も何か出勤になってしまったようなこと言ってたわね」
「え? お父さん休みじゃないの?」
それは聞いていなかった。
「何かね、お仕事忙しいらしいのよ」
そう言った母の顔を見て麻里は「あれ?」と思った。つわりのせいだと思っていたが、そればかりではなさそうだ。
母が疲れているように見えた。
父と上手くいってない?
心に喜々と広がりだす感情を顔に出さないよう口元を引き締める。
「金曜日、お友達のおうちに泊まりにいくのね。じゃあ連絡先書いておいてくれる?」
「うん」
少し考え込んだあと、外出許可が出た。
普段のイイ子ぶりが効を奏したのだろう。
いや、母もたまにはゆっくりしたいと思ったのかもしれない――。
大きい通りを隔てて半分ほど明かりの落ちたビルが立ち並ぶオフィス街と不夜城の如く煌々と明るい繁華街とが二分される。
何かと邪魔になる手荷物は駅のコインロッカーに放り込み、ファストフーズで簡単に食事も済ませた。
「麻里こっちー」
春美の足取りの軽さに少し辟易しないでもないが、新しいことを体験するというのは期待と不安で一種の高揚感を麻里は覚えていた。
三人ともいつもより背伸びをした格好をしてきたのだが、春美ひとり、もともとの容姿のせいか同じような服でも同い年には見えなかった。
「ここなんだ」
案内されるままに着いた店は普段は何かしらのギャラリーをやっているようで、ライブのための音楽用の設備はあまり良いとはいえない環境だった。