イノセント・エイジ
□1.父の存在
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(お父さん――)
背が高く、笑うと目じりが少し下がる。
お父さんの笑顔が好き。
私の手などすっぽり包んでしまう大きな手。簡単に抱き上げてしまう太い腕。
「大きくなったら、わたしねお父さんのお嫁さんになるの」
そう思いつづけてきた。
他愛もない無邪気な子供の言うことと、誰もが思った。
けれど――。
(私だけのお父さん。お父さんだけよ――)
子供ながら、母親が家を出て行ったとき心に決めた。
しかし八年後、その夢は儚くも潰える。
父が再婚した。
* * *
受験は来年。私立の進学校ともなれば、入ったときからそのためのカリキュラムが組まれているだろうが、比較的のんびりした公立中学ではまだそんな雰囲気もない。
帰りのショートルームが終わったあと、担任教諭が教室を後にするととたんに騒々しくなる。
「麻里(まり)、あんた今日どうするの?」
そんな中、室岡(むろおか)麻里は級友の笹渕(ささぶち)由紀子(ゆきこ)に放課後の予定を聞かれた。
「そうね……」
鞄に詰め込む手を休め「どうしようかな」と首を傾げた。
肩口で揃えられた癖のない髪が、頬を掠める。
早く返事をしてとばかり、由紀子がポニーテールに結った髪を揺らして麻里を覗きこむ。
制服の下に隠された膨らみは既に大人の女性と変わらない丸みがあり、麻里と並ぶと背は同じぐらいだが、太めに見えてしまう体型を気にしている。
「もう急いで帰らなくても良いんでしょ?」
「まあね」
数ヶ月前までは学校が終わると急いで帰り、家事をこなしていた麻里だったが、もうその必要はない。
家には新しい父の妻という女がいるからだ。
由紀子はそのことを知っている。先日放課後の時間を持て余していた麻里が、聞かれるまま話したからだ。
それ以来、何かと話しかけてきた。
「ねね、あのオープンしたアクセサリーの店、行こうよ」
「あ、駅前の新ビルに入ったトコ? 行く行く」
麻里の代わりに返事をしたのは田代(たしろ)春美(はるみ)。
明るめの髪と中学生というにはすらりと伸びた肢体がコケティッシュな少女だ。