アビス小説

□無垢を汚す日
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 真夜中、隣のベッドに寝ていたイオンが立ち上った。
 寝ていても、職業柄、ちょっとした物音で目を覚ましてしまうジェイドはイオンがベランダへ出て行ったことに気づいていたが、ベッドで彼が戻ってくるのを待っていた。
 この辺りの夜は冷える。
 あまり夜風に当たりすぎも身体によくないと思い、数分後、ジェイドは起き上がった。
 ベランダへ向かうと、イオンは星を眺めていた。
 しかし、その横顔はあまりに無表情で、人形のように存在感がなかった。
「もうそろそろお休みになった方がいいですよ」
「あ、はい。そうですね」
 さっきまで背負っていた雰囲気が嘘のように、イオンはほんわりと微笑んだ。
「イオン様、嘘の笑いは止めた方がいいですよ」
 見抜かれたことにイオンは驚いたのか目を丸くした。
「誰も気づかないのに、あなたには分かるんですね」
「そうみたいですね」
 イオンは小さく笑った。今度は嘘の笑いではなかったが、いつもの穏やかな笑みではなく、嘲笑といった感じだった。
「あなたのことだから、僕の本性にも気づいていたのではないですか?」
「どうしてそう思うんです?」
 ジェイドは聞き返した。
「あなたは僕をよく見ている」
 気づかれない様、見ていたつもりだったが、意外と鋭い。ジェイドは感心した。
「僕は戦争回避のために陛下の書状を持って、あなたたちと行動を共にしている。
けれど、僕は心の中で別に世界なんてどうでもいいと思っているのをあなたは見抜いていた。
だから、いつか僕が裏切ったりするのではないかと思い、僕を監視していたのではないですか?」
「あなたは聡い方ですが、少し間違っています」
「え?」
「私があなたをよく見ていたのは、あなたがどうして、自分の心を偽ってまで、私たちと共に旅をしているのかという疑問が解けないからです」
 イオンは声を立てて、笑った。
「あなたでも解けない謎があるんですね」
「私も人ですから」
「そうでしたね。あなたは僕らを生み出すほどの賢い方だから、忘れていました」
 口調こそ穏やかだが、イオンの瞳には憎しみがこもっていた。
 ああ、この子はフォミクリーを作り出した私を恨んでいる。
 けれど、この子は今まで、その感情だけは私にさえも感じさせなかった。
 いや、違う。
 自分の罪を知りたくなくて、見ようとしなかったのかもしれない。
「謎の答えを教えてくれませんか?」
「世界を救うために立ち上がれるいい人でいれば、レプリカの僕でも必要としてくれるでしょう。ただ、それだけです」
 オリジナルには生まれながらに与えられる居場所が彼らにはない。
 それゆえに、彼は得た居場所を失わないように、自分を取り繕う。
 悲しくても、辛くても、その感情を閉じこめて、優しく、穏やかな人でいれば、嫌われることもないと思ったから。
 ジェイドは思わず、傍にいた少年を抱きしめた。
 感情的になることのない自分だが、今はイオンを思うと切なくて、手が勝手に動いていた。
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