04/26の日記

08:16
小咄
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現パロ 雷蔵




今日は金曜日だ。
空はすけるように晴れている。

パンクした自転車を押しながら、ぼくは並木道を歩いていた。
図書委員の仕事は、今日はない。
学校の図書室は好きだったが、当番ではない時、つまり今日、ぼくは図書館へ向かうことにしている。
遠回りと言えば遠回りなのだが、図書館に行くときに必ず通るようにしている道がある。
遊歩道だった。
その、並木道に添えられたベンチには、昼寝中の老人や小学生なんかが座っている。
犬の散歩途中の老夫婦とすれ違い、一番鮮やかに緑をたたえる木のすぐ下だった。

いた、とぼくは思った。
今日はクリーム色のカーディガンだった。

「あ、こんにちは」
「こ、こんにちは」
名前も知らない、でも顔はよく知ってる。お互いに、そうだった。
今日はじめて、声をかけてもらった。
「自転車、パンクしちゃったんですか?」
「はは…」
「自転車屋さん、この近くにありますよ」
「え、そうなんですか、教えていただけますか?」
「ほんとうに近くなんで、ご案内しますよ」
そう言って、彼女は立ち上がる。
慌ててぼくは首を振った。お申し出はとてもありがたいけれど(そしてすごく嬉しいけれど)名前も知らないのに申し訳なさすぎる。
「気にしないでください、もうちょうど良いところまで読み終わったんです」
「で、では、遠慮なく…」
彼女は、ぱたん、と本を閉じて、バックへしまった。
図書室の本だ。
  
「この並木道、けっこう好きなんです」
「そうなんですか。いつもそちらに座ってますよね」
「ええ。あなたも、いつもそっちのベンチにいますよね。本が好きなんですか?」
「学校でも図書委員なんです」
「では、本当に本が好きなんですね」
「いや、まあ、はい」
「文学少年なんですね」
「そういわれるほど、本を読んでるわけじゃないと思いますけど…、読書は好きです」
「ここ、サナトリウムの散歩道みたいじゃないですか?」
木漏れ日が、揺れた。
濃い緑。
通る風が見えるくらいの、光だった。
この人が言うと、サナトリウムという言葉が胸に迫る。
別にぼくは、その言葉が重要な意味を持ったころに生まれたわけじゃないのに。
「そうですね、綺麗です」
「軽井沢ではないですけどね」
ある意味、想像でしかないから余計にサナトリウムという言葉が迫るのかもしれない。
生きねば。うん。頑張ります。
「あ、ぼく高校生なんですけど…」
「知ってます。…というか、それ大川学園の制服でしょ」
「あ、そ、そうですよね」
それはそうだよ。見ればわかるよ。うん。
「私、学園のOGですよ。今は違う大学だけど」
自転車を押して歩く。なるべく、ゆっくり。
聞いておきたいことがある。

「あの、お名前、教えていただけますか」

ありったけの、勇気で。

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