リク小説置場

□月夜に ・・・・「白昼夢」番外編 フィンより
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豪商の家に生まれ、父も母も私には優しかった。
あらゆるものに恵まれ、当たり前のように幸せに囲まれていた為に、それがいかに幸せな事なのかがわからなかった。

「フィン」
母が優しく自分を呼ぶのが大好きだった。
私は母に呼ばれると、こぼれんばかりの笑顔で母の元に走りよった。
「お前の髪は私に似て細いから、綺麗にとかさないとね。」
そう言って、私を膝に座らせてブラシで髪をとかしてくれる。
母の甘い香水の匂いに囲まれて私は心地よく感じた。

学校での成績もよく、友人も多かった。
でも、そんな幸せは徐々に壊れていくのが分かった。
昔は家族3人がそろって食事をしていたのに、父が仕事で遅くなる日が続き、いつの間にか父がいない食卓が日常になっていった。

そのときから商売が上手くいっていなかったのか、それとも他に女が出来たのか、今でも分からない。

が、ともかく父は次第に家に帰ることすら少なくなっていった。

「かあ様。とお様は最近僕の所に着てくれなくなったけど、嫌われてしまったのかなあ?僕が何か悪い事したのかな?」
私が尋ねた時の母の表情は今でも覚えている。
傷ついたような、複雑な表情を浮かべ、次の瞬間には笑顔で言った。
「そんな訳ないでしょ?お父様はお仕事で忙しいから帰ってこれないだけよ。あなたのせいではないわよ。それに、お母様は貴方を愛しているは。貴方が悪い事なんてしてない証拠でしょ?」
私は母の言葉に安心し、笑顔を返した。
だが、母はその日から少しずつおかしくなっていった。
初めは誰も気付かなかった。
毎日ぼんやりと外を見ることが増えていく。
「かあ様?」
私が走りよって、母に抱きついてもなかなか気付いてくれなくなった。
「かあ様!かあ様!」
私が何度も呼ぶと、ようやく気付いたように、微笑んで私を抱き上げる。
「どうしたの?」
何度も呼ばれたことなど全く気付いていないように、母は普通に私に接してきた。
それは、どんどん酷くなっていく。

「かあ様!かあ様!かあ様!!」
私が何度必死に叫んでも、母は気付かなくなっていった。
ぶつぶつと何かを呟きながら、ずっと外を見ている。
召使達がようやく異変に気付き始めるが、誰もどうする事もできなかった。
私は泣きながら母の体を叩いた。
初めは、それに気付いて優しく微笑んでくれた母は、前と同じようにいくら叩いても気付かなくなってしまった。

 私は諦めて、一人で居る事が増えた。
かあ様は、きっと何かを考えていて忙しいんだ。
僕が邪魔をしたらいけないんだ。
そう自分に言い聞かせるように、屋敷の中で一人でいた。

学校に行けば友達がいる。
にぎやかな学校では、僕はまだ大声で笑えるし、僕の言葉に友人達が反応を返してくれる。

だが、家では僕は一人だった。

母は、夜も眠れなくなったのか真っ暗な部屋の中で一人椅子に座って外を見ていた。
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