Whim
□Whim
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( 幸村君と登校中 )
「あ、雨」
「ホントだ。傘持ってきてないのに…」
「仕方ないなあ」
彼はくす、と笑って、それから私の手を握った。
「走ろうか」
「え、」
―――雨を切って走る彼は、ちょっとだけいつもの彼と違っていた。
( そんな幸村君の鞄の中には、折り畳み傘が入っていたりするんです。 )
―――――
( 後輩に見つめられる幸村君 )
「…何だい?」
「幸村先輩って、美人ですね」
「それは褒めてるのかな」
「もちろんです」
馬鹿にしてるわけじゃありません。
「あんまり嬉しくないんだけど、」
「どうしてですか?」
「“美人”が男への褒め言葉だとは思えないよ」
「……そうですけど」
でも先輩は美人です。
「…君だって、すごく可愛いと思うけど」
「それって」
「褒めてるつもりだよ」
「……あまり嬉しくありません」
「何で?」
何だか、嘘っぽいです。
「そんなことないよ」
「そんなことあります」
「でも君は、可愛いよ」
………。
「素直じゃないね」
「…先輩こそ」
( 素直じゃないのは、お互い様なんです。 )
―――――
( 久々のデートの待ち合わせ、集合時間に遅れる幸村君 )
「遅いなあ…」
腕時計を見れば、時間はとうに過ぎていて。
「……ばーか」
だから、小さく小さく罵声を吐いてみた。少しだけ、心配を混ぜ込んで。
すると誰かに後ろから抱きつかれて。
よく知る香りにふわりと包まれる。
「誰が馬鹿だって?」
「…精市」
はっきり言ってやれば、彼はくす、と笑った。
「馬鹿は君、だよ」
「な、何で私が」
彼のセリフに驚いて、彼と向かい合えば、頬を軽くつままれた。
「集合場所、ここじゃない」
「…え」
「あっちだよ」
「う、嘘…」
「本当」
どうやら私は彼が昨日言っていた目印のある場所を、間違えて認識したらしい。
彼の言う通り、馬鹿は私だった。
「ごめん精市…」
「いいから、行くよ」
私の謝罪をさらりと流した彼に、手を握られて。
絡められた指が、少しだけ熱かった。
( ホントは彼女が集合場所になかなか来なくて、心配になって必死に探した幸村君。 )
―――――
( 夢に泣く、幸村君 )
“幸村君のこと、私も大好きだよ”
“でも、幸村君にはもっとふさわしい女の子がいるはずだから”
彼女に告白したあの日。
今までの人生で、最も忘れたいあの日。
そんなあの日が、夢になって甦る。
夢は、あの日を忘れようとする俺を許さない。
彼女の声とか、泣き笑いのような表情とか、何もかも全て、鮮明に憶えている。
“ありがとう、ごめんなさい”
そんな彼女の声で目が覚めた。視界が霞む。
体を起こせば、目から何かが零れて、頬を伝い、そして布団に染みを作った。
―――いつまで泣くつもりだ、馬鹿。
そう自分を罵ってみたけれど、なかなか止まってくれなくて。
心と布団に雨が降った、そんな朝。
( たまには涙が止まらない日も、あるんです。 )
―――――
( 後輩に悪戯するのが大好きな幸村君 )
「幸村先輩」
「ん?」
「何食べてるんですか?」
「チョコ」
そう言って彼は私に、その直方体のチョコをひとつ差し出した。
「食べるかい?」
「あ、はい。ありがとうございます」
それを受け取って、金色の包み紙を取って、口に放り込んだ。
途端に異変に気付いた私。
「…ん!? 苦っ!」
吹き出す彼。
「せ、先輩…、何ですかこれ……」
「ちょっと苦めのチョコ」
そう言って笑った彼が、恨めしかった。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないです……」
「じゃあこれ、飲むかい?」
差し出されたのは缶ミルクティー。
それを受け取り、ちらりと彼の方を見た。
「まさかこれも、すごく苦いミルクティーとか、」
「苦いミルクティーなんて無いよ」
笑う彼を尻目に、こくり、一口飲んでみれば、その甘さが舌を包む。
安心して、苦味を取り消そうと、喉を鳴らして飲むと、彼が口を開いた。
「ああそれ、さっき俺が一口飲んだヤツだけどね」
「ぶふっ、」
盛大に噴き出した私を見て、高らかに笑う彼。
「せ、先輩……」
「ふふ、ごめんごめん」
( 大好きだから悪戯したい。ちょっとおちゃめな幸村君。 )
―――――
( コンビニに行って、今どうしても食べたいお菓子がちょうど売ってなかった時の幸村君 )
「(……無い…)」
「あ、幸村先輩だ」
そこへ何も知らない後輩がやってくる。
「……? どうかしたんですか?」
そう言って顔を覗き込む後輩。ピカーン、幸村君はひらめく。
ぐわしっ、と後輩の手を掴んで、ふふ、と笑って。
「一緒に探そうか」
「へ? な、何を!?」
驚く後輩を無視して、無理矢理一緒にあちこちのコンビニを回って探す。
楽しそうな幸村君と、へとへとの後輩。
( 本当は、好きな後輩といるための時間稼ぎ。 )
( 一人だったらぜったいこんなことしない……多分。 )
―――――