story

□Peaceful
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「よくそんな甘い酒が飲めるな」
 満員御礼で賑やかな、化猫屋のカウンター席。リクオに運ばれてきたグラスを見て、鴆は眉をひそめた。
「昼間、体育でマラソンやったから疲れてんだ。たまにはな」

 夜の姿のリクオと、たまには外で呑もうと化け猫横丁へやってきた。個室を用意するという良太猫の申し出をやんわり断ると、リクオはカウンター席を選んだ。

 そうして頼んだのは、鴆が冷酒、リクオがラムコーク。甘いのは好きじゃねえ、と鴆が猪口を傾けた。
「てぇか、洋酒自体が苦手だわ。」
「オレぁなんでも好きだけどな」
「お前ェはザルにも程があらぁ」
 この日も化猫屋は大盛況。周りの喧騒に掻き消されそうだから、自然と肩を寄せ合って話す。どうして個室にしなかった、と鴆が尋ねる。
「こういう平和な感じが好きなんだよ」

 ちらりと背後に目をくれる。妖たちが思い思いに酒を飲み、賑やかにしている様子にリクオがわずかに目を細める。
 祖父や父が守ってきた妖の世界が変わらず平和でいてくれる事は、次期総大将のリクオにとっても嬉しい事なのだろう。

「それに、個室で鴆がおかしな気ィ起こしたらかなわねえ」
 声をひそめて悪戯っぽく囁き、リクオはにたりと笑った。
「お前ェな、それぐれぇわきまえてるっての」
 くっくっと肩を震わせて鴆も笑う。
「それとも、誘ってンのかい」
 どうだろうな、とリクオがはぐらかす。鴆は手酌で冷酒を注ぎながら、
「オレぁいいんだぜ?何ならこの後、宿に行くかぃ……今風に言やあ、ホテルか?」
「奴良組通信の一面に載りたいならな」
 そいつぁ勘弁してくれと笑って、鴆が酒をあおる。徳利が空になった事に気付くと、リクオのグラスに目を向けた。
「それ、一口くれよ」
「甘いのは苦手じゃなかったのかぃ」
「たまにゃいいだろ」
 レモンスライスを浮かべた炭酸の弾けるグラスをとり、香りを確かめて一口含む。
「………甘ぁッ!」
 予想通りの反応が可笑しくて可笑しくて、リクオは珍しく声をあげて笑った。鴆は眉間にしわを寄せてグラスをリクオに押し返すと、カウンターの中にいた店員に話し掛ける。
「おおい、辛口の洋酒はねぇのかい」
「はいっ!辛口ですねっ」
 猫又の店員が、ジンやらウォッカやらの酒瓶をずらりと並べて説明する。何やら意地になっている鴆に、リクオは呆れ半分ながらも機嫌良く笑った。
「鴆、ちゃんぽんすると潰れるぜ?」
「オレだって医者の端くれだ、潰れやしねえよ」
「医者の不養生」
「なんか言ったか」
 なんにも?と肩をすくめて見せる。

 化猫屋の喧騒のなか、のんびり酔える平和な夜。
 となりには愛しい奴もいて。
 心地良くて、贅沢。
 たまにはこんな夜もいいなと、リクオはグラスを傾けた。

「−−酔った」
「知ってる」
 案の定潰れてしまった鴆に肩を貸し、リクオは呆れ果てた。
「日本酒だけだったらなぁ、こんな事にはなぁ」
「知ってる」
 医者の不養生まで面倒見れねぇよ……と呟くが鴆には届かない。
「しゃあねえ、朧車呼ぶわ」
「いやっ!本家に面倒かけるわけにゃいか……っ、うぇぇ…」
「鴆……かっこわりぃ」
 結局化け猫横丁の宿を借りる羽目になった。
 領収書は薬鴆堂宛てにと告げて。




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