story (R18)

□桜色の夜
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 日が暮れ、薬鴆堂を訪れた若頭を鴆が出迎えた。リクオが妖の姿をしているのを見て、鴆は少し不思議そうな顔をする。
「お前、さっき電話くれた時は昼のときの声じゃなかったか?」
「あー……、いいだろ、別に」
「ああ、まあ、いいけど」
 鴆と花見に行くのが楽しみで、なんだか気分が高揚して変化してしまった……とは、さすがに恥ずかしくて言えなかった。

−−桜が綺麗だから、夜桜を見に行こうよ。

 リクオが夕方に電話を入れると、鴆は「とっておきの場所がある」と嬉しそうに返事をした。
 これまたとっておきの酒を携えて、薬鴆堂からふたり並んで出掛ける。

 或る山の中腹にソメイヨシノが咲き乱れていた。歩道や明かりが無いため人間は来れないが、妖のふたりには月明かりだけで視界は十分足りる。鴆は得意気に先を歩きながら、
「どうでぇ、毎年、薬鴆堂の連中とここで宴会するんだ。秘密だぜ」
「へえ…見事だな」
 見上げれば、視界の隅々まで桜色になる。命の短い儚い花、しかし咲き乱れる姿は尊く力強い。
「これなんかどうだ?」
 立ち止まった鴆が見上げると、枝振りのひときわ立派な桜の樹。いいね、とリクオが笑い、ふわりと跳躍する。
 続いて飛んだ鴆と、大きな枝に腰掛ける。頭上だけじゃなく横も足元も桜に包まれて、なんだか秘密基地に来たみたいだ…とリクオの子供の部分が言った。

 ひとつの盃で交互に酒をあおりながら、たわいのない話をして、時々盃に桜の花びらを浮かべてみたりする。
「桜はな、早く散るから美しいんだと」
 リクオがつぶやくと、上機嫌の鴆は大仰に頷いた。
「ああ、わかるぜぇ、儚さってのは綺麗なもんを引き立てるからな」

 「鴆」とは儚げで弱い妖怪だと聞いた。
 以前見た鴆の翼は、息を飲むほど美しかった。桜の花のように、短い命だからこそ美しく、強く輝くのだろうか。

「……どした、リクオ」
 なにやら考えているリクオを、鴆が覗き込む。青みがかった緑色の髪と瞳が花の色と対照的で映える。
「なんでもねぇ」
 空になった盃を懐に仕舞い、リクオが身を乗り出す。顔を近づければ、察した鴆に抱き寄せられた。
 柔らかくくちづけて、離れる。
 けれど足りなくて、もう一度重ねた。
「……ん、ん…」
 舌を絡ませて、いつになく甘いくちづけを交わす。空になった酒瓶が、ごとりと地面に落ちた。

 儚い運命だと言うのなら、
 咲いている間だけは、どうか輝いて。

「リクオ…。…止まらなくなっちまうよ」
「止めんなよ」
 かすかに切ない響きを含んで、リクオの声が鴆を誘う。ついばむように何度も唇をあわせながら、
「どうすんだよ、樹の上なんかで」
「降りりゃいいさ」
 わざと聞いた鴆に、今度は挑戦的に答えた。
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