story

□主従を貫かせて
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 鴆は主に酒を注ぎ、今日は一体どうしたと問う。
「暇つぶしだよ」
 銀髪の主は盃を傾けながら、無表情に言った。それでも、鴆は嬉しくてつい顔を緩ませる。気まぐれでつっけんどんな我が主が、暇つぶしの相手に自分を選んでくれたのがただ嬉しかったのだ。
 よく晴れていて、月明かりは妖には眩しいほど。夜風が心地よく、縁側で飲み交わすにはうってつけだ。飲みながら、リクオは月明かりに浮かぶ薬鴆堂の庭をただぼんやりと眺めていた。
「肴、用意させっか」
「いいよ、これで」
 鴆が身を乗り出したが、リクオは小皿の枝豆をひとつ取り上げて言った。
 さやを薄い唇にあて、指先で中の豆を押し出す。ちらりと紅い舌が覗く。中身を唇の隙間に押し込むと、空になったさやを皿へぽいと放った。また舌が見えて、指先に付いたわずかな塩の結晶を舐める。
 こんなささいな仕草さえ色っぽく思えてしまうとは、今夜は少々酔ってしまったか。鴆はかぶりを振り、笑顔を作る。
「なぁリクオ、オレで暇がつぶせるかい」
 本家の連中が寂しがりゃしねえかい、と笑いかけると、リクオは庭を眺めながらかすかに笑みを浮かべた。
「手前と飲むのが一番ラクだからよ」
 主従関係にはあるものの、誰よりも気のおけない相手である事には間違いないらしい。
「そりゃ、光栄だねぇ」
 酒がすすんでしまう。
 鴆は、忠誠心を越えた感情に気付くまいと我を押し殺していた。そんな努力をしている時点で、リクオにただならぬ愛情を感じているのは確実なのだが。
 越えてはいけない、越えるべきではない。これは勘違い、酔っただけ…。
「鴆、あの花なんてぇんだ」
 酒がまわったらしい主が、やや機嫌よく尋ねてくる。枝豆を、ひとつ、ふたつ唇に押し込みながら。
「ああ、ありゃあな」
 お願いだ、血の火照りがひいたら何も言わずに帰ってくれ。
 この先の感情には、気付いちゃいけねえんだ、オレの大将よ。
「鴆はそういうの詳しくてすげぇな」
 主は幼さの残る横顔で呟いた。あの日と同じその言葉が、鴆の心をさらに締め付けるとも知らず。
 そうだ、あの頃からずっと。




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