story

□林檎と空
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 三代目を襲名した。
 それからリクオは、走り続けていた。

 幹部を再編成し、組のことを勉強しなおした。自分がより主に相応しいようにと、毎日毎日やる事は山積みだった。

 カラス天狗や首無たちが手助けをしてくれるため、勉強には不自由しない。元々頭の良いリクオはどんどん知識をつけ、新しい奴良組の組織づくりもすすめていった。

 立ち止まってはいけない。
 走り続けなければいけない。
 弱い妖怪を守る。人間を守る。どちらにとっても平和な世界を、守り抜いてみせる。
 そのために、やるべき事はたくさんある。立ち止まっている暇なんて、ないんだ−−。

 気がつけば季節は変わり、本格的な冬を迎えていた。


「リクオ、ちょっといいかしら」
 もう日が変わろうとしていた頃。勉強机に向かうリクオは、母の声に顔を上げる。
「なに?お母さん……宿題が終わったら、寝るから……」
 寝ろと言われるのだろうと予測して、そう答えた。
 今広げているのは宿題でも教科書でもなくて、これまでの奴良組総会の議事録。今夜はこれに目を通してから寝るつもりだった。
 ふと見れば、障子の側に立つ若菜の手には、ベージュのエコバッグがぶら下がっている。
「? それ、何?」
「これね、ほら、イタク君たちからの……」
 広げて見せた中には、先日奥州遠野一家から送られてきたリンゴがぎっしり詰まっている。母は部屋の入り口に立ったまま、にこりと笑う。
「宿題が終わったら、これ、鴆くんのところへ届けて欲しいの」
「鴆くんのところ……?」

 最近あまり会っていない、想い人の名。
 黒羽丸にでも届けさせれば、という言葉を思わず飲み込んだ。

「明日は土曜日だし、ゆっくり行ってらっしゃい。そうね、朝ごはんのデザートにリンゴもいいわね」
 そう言い、若菜は足元にバッグを置いた。じゃあね、と障子を閉めようとした若菜に、リクオは慌てて声をかける。
「母さん、あの、ボク……勉強しなきゃ」
「……ねえリクオ、」
 母の落ち着いた声に、リクオは息を飲む。そういえば、母とこうして向き合うのも久しぶりだ。こんなに優しく、こんなに心地好い声だったかと、はっとする。
「学校がある間は、お友達もいるから気が紛れるでしょうけど……」
 そこで若菜は、少し切なげな笑みを浮かべた。
「家での……特に夜のあなたは、ここ最近、ずっと怖い顔をしているわ」
 頑張りすぎちゃ駄目よ、そう微笑みかける。

 リクオは議事録に栞をはさみ、机を立つ。
 張り詰めた気持ちが、ふっと抜けていくようだった。夜の妖気に誘われるまま、姿を変える。

「仕方ねえ、お使いに行ってやるか」
 羽織を翻して歩み出したリクオに、若菜は拾い上げたバッグを渡す。
「お願いね」
 優しく微笑む若菜に、銀髪のリクオはやや照れ臭そうに笑い返した。
 十数個のリンゴを抱え、リクオは蛇妖怪にひらりと乗る。

 晴れ渡る夜空は広く広く、高度を上げるほどに冷たい空気は澄んでいく。
 リンゴをひとつかじりながら、リクオはただぼんやりと星空を眺めていた。

 久しぶりにぽっかりと空いた頭の中に、浮かぶのはただ彼のこと。
 そういえば、あいつリンゴは好きだろうか?


 薬鴆堂まで、あと少し。




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