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□春、ウラハラ。★連載中
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――うらはら(裏腹)
あべこべ。反対。表裏。

『理想とは裏腹な現実』

辞書の例文にもそう書いてあるから、間違いないのだろう。

裏腹。
対局。真逆。理想と現実。


近くて遠い。
遠くて近い。


ガラス越しのおもちゃのように。
伸ばした手はガラスを通り抜けることが出来ない。こんなに近くにあるのに。こんな、薄い板一枚のせいで。
見えているのに。
そこに『在る』とわかっているのに。
それでいて触れることができない。
この、もどかしさ




まるで、俺の口から出てくる言葉のようだ。











■□■□








『今度、時間つくれないか?』
「あいにく、俺、そんな暇人じゃないんで」

ホントウは予定なんて何もない。
今日も、明日も、その次の日もだ。
なのに、俺の口から出るのは偽りの言葉ばかりで、ああ、ホントめんどくせぇ。

『そうか……桜が綺麗に咲き始めたから、気分転換に花見でもどうかと思ったんだが……』

電話口から聞こえる、少し落胆した声。

「別に、花とか興味ねぇし」
『美味しい料理と酒もつけようとおもったんだが』
「餌で釣るのかよ」

しかし、相手――鬼道は、俺のそういうところも『お見通し』なのだろう。なおも粘り強く交渉を続けてくる。

『あとは――』
「だから、そんな暇ねえっつってんだろ」

だから、こうして。
尚更嘘を突き通してしまう。
でも、これでいいのだと思う。
その方が、被害は少なくて済むのだから。

『そうか……本当に予定があるんだな』
「信じてなかったのかよ」
『少し、な』
「大分、だろ」
『まぁ、本当に無理なら仕方ない。また出直すよ』
「ああ」

いつも少し粘るが、引きは早い。
だから、こうして。
『偽り』に罪悪感が芽生えるのだろう。

『また連絡す――』
「夜なら」
『――ん?』
「今日、夜なら。ちょっとくらいなら付き合ってやれるかもしれねー」

微かに、向こうが吹き出す音がした。
はっと我に返り、舌打ちする。
俺の反応に、それが聞こえたことを理解したのだろう。すぐに『悪い』と軽い謝罪をして、

『もう駄目かと思って、嬉しかったから、つい』

ずるい、と思う。

「時間わかったら連絡する」

返事を待たず、不動はそれだけ言うとぶっきらぼうに電話を切った。

「あーーー!」

頭を掻き毟りながらベッドに倒れ込む。
なんで。
なんで行くと言ってしまったのか。
結局行くのであれば最初から断らなければいいものを。なんで変な嘘をついて、しかも今夜だなんて。別の日でもよかっただろうに。なんで。

(――クソッ)
 
解っている。
解っていることを解らないようにしていることを解っている。(だからこれ以上考えたくない)
時計を見た。
まだ昼を少し過ぎたところだ。『夜』までまだまだ時間がある。

(……寝るか)

布団を被り直し、目を閉じる。

 ―――

 ―――

 ―――

だいぶしばらくして、不動は目を開けた。
時計を見る。長針も短針も、最初見た時から殆ど動いていなかった。一瞬、止まっているのかと疑ったぐらいだ。しかし、秒針はカチカチと規則正しく時を刻んでいる。念のため携帯で確認したが、やはり時間は正しかった。

「…………」

ベッドから降りる。
まだかなりの時間があるが、いっそのこと待ち合わせ場所に行ってしまおうかと思ったが、その考えは即時霧散する。
かといって、此処にいるのも心地悪いのでシャワーを浴びて家を出た。春の日差しが暖かい。今、桜を観たとしたら、どんなに綺麗な事だろう。

(興味はねぇけど)

そう、興味は別なものにある。

(うるせぇよ)
 
自身に悪態をつきながら、電車に乗った。行き先はまだ決めていない。鬼道との待ち合わせ場所はここから三駅の場所にある。

(にしても、なんでこんな人がいんだよ)
 
休日だというのに、電車の中は平日ラッシュ時の満員電車の如く、人で溢れていた。乗る気になれず、その電車は見送った。しかし、次の電車も、その次も。とても乗る気になれない車両ばかりで、不動はついに電車に乗ることを諦めた。そしてホームを出ようと歩き出した。

「ん?」

身体の一部がついて来ない違和感に、不動は視線をその場所――引っ張られる指先――へ落とした。

「ぇあ!?」
 
理解しがたい情景に、声が裏返る。
なんと、不動の指を掴んでいたのは見知らぬ幼児だった。下を向いているから解らないが、服装からおそらく男の子だろう。

正直、子供は大がつくほど苦手である。軽く鳥肌が立つのを感じた不動は、ゆっくりと指を彼から引き抜こうと試みた。が、反対により強く掴まれてしまい、断念せざるを得ない。おまけに、その拒絶行為が彼の不安を煽ってしまったのだろう。か弱い、潤んだ瞳をこちらに向けてきた。

「ひっ…………」

固まる。
小さな悲鳴を上げたのは、幼児ではなく、不動の方だ。程なくして、幼児の瞳から涙が零れる。彼は声を出して泣き始めてしまった。

「うあああああああああん。おかあさああああん」
「ちょ、ぅえ、おいっ」
 
泣きたいのはこっちだ!と胸中で叫びながら、不動は慌てた。幸か不幸か、周囲の人々の関心はそれほどこちらに向けられていない。

「うあああああああああん」
「ちょっ……だから、」
 
何が『だから』なのかも解らない。
離してもらえない指を持て余しながら、不動はどうすればこの場を凌げるか必死に思考を巡らせた。
ふいに、幼い頃の記憶が蘇る。泣いていた自分の頭を撫で、抱き上げられる。抱きついた母親の、抱きしめてくれた温かな感触を思い出す。

『ほーら、だいじょうぶ、だいじょうぶ』
 
思い出すと同時に、不動自身もそうしていた。泣きじゃくる幼児の頭に手を置いて、わしゃわしゃと手荒であるが、撫でてやる。その想いは通じたのか、ぴたりと幼児が泣き止んだ。不動は彼の両脇に手をやり、抱き上げた。幼い頃、そうされていたように。

「ほら、だいじょうぶだ」
 
ぎゅ。
幼児の小さな手が、腕が。不動の身体に必死でしがみつく。その小さな力――
不動は幼児を抱いたまま、階段を降りた。

「すみません」

みどりの窓口で、声をかける。

「親とはぐれたみたいで」
「あ、もしかして、きみ、ソウタくん?」

こくり。不動にしがみついたまま、幼児が頷いた。

(そういや名前、知らなかったな)
 
実際、それどころではなかったので仕方なかったのだが。
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