もちもの

□稀瑠しぐれ様より☆でもきめたから
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泥のフィールドでの練習が終わって泥まみれのまま、ベンチに座って考え事をした。
俺はみんなを世界に送ったらサッカーを辞める。
父さんとそう約束した。
後悔がないと言ったら嘘になるだろう。
でも決勝戦には出て良いことになったのだ。
それだけでもまだ良いと言うものだ。
目と鼻の先では円堂達がなにやら走り回っている。

「たっち!でやんす!十秒数えるでやんすよキャプテン!」
「うおお!俺が鬼か!いち、にい、さん、しぃ…。」

何やろ鬼ごっこらしいが何故だかみんな固まりで逃げている。
緑川と基山が抱き合ったり。
綱海と立向居が抱き合ったり。
一体何鬼をしているんだろうか?
十秒数え終わった円堂がすごい勢いで走り出す。

「壁山、たっちぃ!」
「俺っすか!?なかなか代われないのに!酷いっすキャプテン!栗松も何で先に逃げるんすか!もう…!いち、にい、さん、し…。」

なんだか子供みたいな事をしているなあ…。
俺が落ち込んで焦っているのが馬鹿みたいな。
そんな気がして寂しい。
地面に目を落としてため息をつく。

「豪炎寺ぃぃぃ!」
「円堂、うっ!」

鬼じゃなくなった円堂がなぜか俺に向かって猛ダッシュして来て、突然抱きついてきた。

「え、な、円堂っ?」
「いやあ、助かったぜ…。」
「な、何鬼をしてるんだ…?」
「今はな、ヒロト発案のハグ鬼をしてるんだ!誰かに抱きついている間はタッチされないんだ!でも効力があるのは十秒だけだ!いかに今さっき抱きついた感を出せるかが腕の見せ所だってヒロトが言ってた!」

満面の笑みでそう説明してくれる円堂。
いかがわしい下心が丸見えな鬼ごっこだ。
大方基山が円堂に抱きつく理由を作りたかっただけだろう。
こっちを見てちょっと悔しそうにしている基山が見える。

「円堂、もう十秒たったんだが逃げなくて良いのか?」
「なんか豪炎寺抱き心地が良いなあって。」
「な、何を…!」
「もうちょっと良いよな?良いだろ?ぎゅー!もふー!」
「…う、ちょ、やめ…っ!」

丁度息が首筋にかかってぞくぞくする。
狙ってるのか狙ってないのか。
ひとしきり俺をぎゅーっとした後、円堂は俺の肩に顎を乗っけると、ゆっくり言った。

「豪炎寺、最近おかしいよな。」
「…そんな事はない。」

図星だ。
円堂は続けた。

「辛そうな顔してるし、なんだか問いつめてる気がする。」
「平気だ。離してくれ。」
「言ってくれよ。」
「…平気だから。」

そう言って円堂を離そうとしたが、無駄に力がが強くて振り払えない。
どうしようか困っていると、底知れぬ殺気がすごい勢いで走ってくる感じがした。
なんか地響きみたいな音もしている。
やばい。
これはきっと。

「豪炎寺ぃぃいいぃいぃぃ!」

みなさんご存じ、円堂を愛してやまない保護者に「過」の付く風丸お母さんである。
普段は良い奴だが円堂が絡むと周りが見えなくなる傾向がある。
走ってくる風丸に円堂は輝く笑顔で呼びかける。

「おう!風丸か!豪炎寺な、抱き心地が良いんだ!風丸も抱いてみるか?」
「抱き…っ!?もう、そんなに進んで…っ!?」

何かを勘違いした風丸が涙をためながら壁山にところへ。
壁山は風丸の顔を見るなりいいなりの犬と化し、怯える顔で風丸にタッチ。
鬼と化した(現実的にも心理的にも)風丸は俺を殺す勢いでこっちへやってくる。

「円堂ぉぉぉぅぅぉぉぉ!豪炎寺を離せぇぇ!そいつは俺が殺る!」
「風丸が鬼だ!豪炎寺、逃げるぞぉぉ!」
「ちょ、下ろしてくれ!何で抱き抱える!?」
「豪炎寺ぃぃぃいいぃぃ!」
「だってお前が狙われてるんだろ?キャプテンとして守らなきゃな!」

すごく良い笑顔でそう言ってくれたが、後ろから来るのはスピード自慢の風丸だ。
すぐ追いつかれるだろう。

でも。
それでも俺を守ると言ってくれる円堂。
その気持ちの根源は俺が抱いている気持ちとは違うものだろう。
でも俺は、それでも嬉しい。
お姫様だっこをされるなんてすごく似合わないけど。

「豪炎寺、辛かったら言ってくれよ?」
「…。ああ。」
「待てええぇええぇぇえぇ!」

優しくされてこんなに幸せで、良いのか、俺。
背後に迫り来る恐怖も、心にのしかかる辛さも、円堂の笑顔で溶けていくような。
サッカーを辞める決心が鈍ってしまう。

「やばいぞ!追いつかれる!」
「待てええぇぇぇぇえぇ!」

触れているこの体温から、離れる、なんて。楽しい一時から、離れる、なんて。

「おわあぁ!」
「うお!」
「転んだな!そのまま動くなああ!」

この泥まみれも、この砂っぽさも。

「走れ豪炎寺!」
「あ、ああ。」

そう言って俺の手を引いていく、円堂も。
鬼の形相で追いかけてくる、風丸も。
呆れた顔をしている、みんなも。


俺から無くなるなんて。

ちょっとだけ泣きたくなるじゃないか。


(でも俺は)



*でもきめたから




fin

→お礼の言葉
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