アイテム2

□暇を持て余した家政婦の遊び
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「……運が悪かったでございますわね、不動さん。貴方も皆と一緒に食事さえしていれば、こんなことにはならなかったでございますのに」

「へっ……ってことは、俺が正気なのは、アンタの予定外ってことか……ザマぁねぇな」

「これ以上の邪魔をするというのならば、容赦は致しませんでございます」

「邪魔をするな……だ、と?そんなワケ……ぐぁッ!」

「いいですか?もう一度言いますでございますよ。これ以上邪魔をするというならば――」

「やれるもんならやってみやがれ。俺がもし不自然な故障をしたら、アンタも日本代表もタダじゃ済まないぜ」

「それは愚問というものでございますわ。不動さんが故障しても修也さんがいる限り日本は最強でございます。たいした問題じゃないでございますわ。それに、こんな些細な事ならば、ガルシルドさんに言えば簡単にもみ消してもらえますからして」

「奴がしたことが世界に知れたら、間違いなく奴は国際指名手配者だ。世界中全ての警察がガルシルドの息がかかっているわけじゃねぇだろ。そしたらアンタもただじゃ済まない――済ませねェよ、俺が」

「いいのですか?修也様が悲しむでございますわよ」

「そんな豪炎寺の都合なんて知らねぇよ」

「まぁ、そんな、酷いでございます。確かに不動・豪炎寺のカップリングはマイナーかもしれませんが」

「おい鬼道!今の話聞いてたんなら少しは考えて役に立つようなことしやがれ!テメェだってヤられっぱなしで終わりたくねぇんだろ!?」

「――!」
 
不動の言葉に、鬼道の纏う空気が明らかに変わった。視線を合わせて、鬼道が頷く。

「多勢に無勢。無駄でございます」
「さぁ、それはどうだか」
 
始まりは一瞬。動いたのは鬼道だった。
拘束している久遠の股間を、自由な足を後ろに蹴り上げる。それは狙った場所に確実にヒットしたらしい。洗脳下でもそういう痛みは感じるらしく、久遠の顔が苦痛に歪んだ。その一瞬の隙に鬼道は自由を取り戻し、

「逃しません!やっちゃえ円堂さん、修也さん!」

――何を思ったのか、鬼道がゴーグルを外した。

「――まぁ!」

これは、フクさんの声。驚きと歓喜に萌える声である。その間に円堂と豪炎寺の動きに迷いが生じた。

(そういうことか……!)
 
次の行動として、鬼道はすぐにゴーグルを上の方に投げた。その先には背の高い棚があり、その上には、地球儀。

「不動!」
 
バランスを失って落下してくる地球儀の球体で、鬼道は彼女に向かってシュートを放つ!

「ぬんっ!」
 
それに対し、いくら強化しているとはいえ、さすがに何もしないわけにはいかないらしい。
不動を掴む手は離さすことはしなかったが、半身を捻って彼女は豪速球をヘディングした。地球儀は大破。破片が辺りに散る。束縛する力は緩んでいない。しかし、不動への意識は一瞬緩んだ。その、一瞬に。

「うああああああ!」
「――っ!?」
 
不動は用意された激痛から身を振るい立たせる為に絶叫しながら、無理やり拘束された腕を引き抜いた。がこん、と体内の、右肩の辺りでおかしな音を感じた。が、それに構ってなどいられない。すぐに彼女からの距離を稼ぐ。
 
二兎を追う者は一兎も得られず。自由を手にした鬼道と不動のどちらを追うか――その判断をすぐに下すことはできなかったらしく、彼女は視線で二人を追いはすれども、その場から動きはしなかった。不動が開かれたままのドアの前――不動が蹴り破ったものだ――に、鬼道もしっかりと逃げ道に成り得る窓にできるだけ近い位置に構えている。

「……残念だったな、ばーさん」
「……少し、油断したでございます」
 
右肩がじんじんと痛む。それを悟られないよう、不動は奥歯を噛んで耐えていた。

「……これ以上やんなら、お互いもうタダじゃ済まないぜ……?」
「お互い?いえ、傷を負ったのは貴方だけでございますわ。」
「それはどうだろう」
 
鬼道の声。
フクさんがそちらに視線を移すと。

「これが証拠になる」
 
鬼道の手の中にあったのは、小型のビデオカメラ。彼女が撮影用に用意していたものだ。録画ランプはまだ点灯したままである。

「ヘッ……ちったぁ役に立つことすんじゃねぇか」
 
ぎり。フクさんが悔しそうに歯を噛み鳴らした。響く激痛に、額から脂汗がにじみ出る。

(……もう少し、痛みに馴れちまえば少しは動けるはずだが――)
 
痛みに馴れることで動けるようになる確証なんてどこにもなかったが、そう思えるならば、そう思う他なかった。とりあえずその時間稼ぎにと、不動は意味深な笑みを浮かべ、口を開いた。

「……そこの三人、マインドコントロールがないと動けないとか言っていたが、アンタが望む卑猥な妄想以外の命令は、ずいぶんと簡単で単純な対応しかできないんだな……しかもアンタの意識に左右されるから、自身が何か考えたり、何かしながらの命令は難しい。だから、さっきも鬼道がゴーグル外した姿に夢中になって命令したはずの二人の動きが止まったんだろ?そのおかげで、こんだけ駒がいるにも関わらず、俺達はこうやってその手を逃れられた……違うか?」

「……そうですわね、大きな相違はございません」
 
あっさりと、彼女はそれを肯定した。――これで降伏してくれれば、と望み薄な希望を抱いて、不動は続ける。

「まぁ、駒に意識を向ける間もない程に考えたっていうのは悪くないと思うけどな、」
「そうでございますわね、色々と考えてしまいましたわ……こんな風に、」
 
その時、今まで沈黙を保っていた三人が動きを見せた。彼らは一斉に鬼道の元に向かった。一人が逃げ道である窓を塞ぎ、残りの二人が襲いかかる。いつでも仕留められる手負いの不動よりも元気な鬼道と証拠品、ということなのだろう。鬼道が捕まるまいと身を交わしに動く。同時に、不動も動いた。

と、いっても、大きな動きを見せたわけではない。後方に軽い跳躍をしただけだった。視線を彼女から外さない。そして彼女もまた、不動から視線を外してはいない。

(だが、これで十分だ――)
 
身体の半分が廊下に出た。これで、逃げ道が開けた。あとは――

「不動!」
 
狭い部屋の中、長く逃げまわることはやはり不可能だったらしく、鬼道がこちらに向かってビデオカメラを投げてよこす――が、しかし。

「キャッチ、でございます!」

超人的な俊敏さと横方向への跳躍を以て、カメラは彼女にがっちりとキャッチされていた。だが、それこそが目的で――

「へっ、かかったな」
 
そのほんの数瞬後に、鬼道は別の小さなものを地面に滑らせていた。録画したデータが入っているメモリーカードである。不動の足もとまで辿り着いたそれを素早く左手で拾い上げ、ポケットにしまうと不動は走り出した。どんな超人であっても空中と地上と、一瞬で二か所に対応するのは無理である。最後、鬼道が取り押さえられるのが僅かに見えたが、仕方ない。続く廊下が終わり、開けた玄関ロビーからドアを抜ければ、外。


が。


「……ま、そう簡単にはいかねぇか……」
 
仕方なく、足を止める。後ろから、不動を追う静かな足音が聞こえる。玄関には、今まで姿を見せることのなかったチームメイト達がぞろりと並んでいた。

「……多勢に無勢、と言いましたでしょう?さぁ、それをこちらによこしなさいでございます」
「…………」
 
舌打ちして、不動は二階へ続く階段を駆け上がる。

「無駄でございます!」
 
多くの足音が後ろから追いかけてくる。二階には選手たちの部屋と和室、談話室がある。不動が階段を上りきると、そのいくつかの部屋から、待ち構えていたように三人の人物が出てきた。マネージャーの三人だ。不動は走った。後を追ってきた洗脳下メンバーも加わり、不動は壁際に追いつめられる。
 
終いに、ゆっくりと階段を上る音と、フクさんの声がする。

「さぁ、どうするでございますか?もう逃げ場はございませんよ……?」
 
じり、と皆が不動への距離をつめてくる。汗が、頬を流れ落ちた。

「……どうする……だって……?」
 

――こうすンだよ!


 不動が壁に拳を叩きつけた、刹那。




『ジリリリリリリリリリリリリリリリリリ!!』





けたたましい警報音と共に、頭上からスプリンクラーの雨が降り注ぐ。

「う……あ……ああ」

 
そして、その場にいた全が――不動とフクさん以外の洗脳下に置かれた皆――が頭を抱えて倒れ、呻き出した。

「……今度こそ、終わりだ。残念だったな、ばーさん……どんな洗脳をかけたって、人間の危機的本能には勝てねーんだよ……ホラ、早く逃げねェとこの騒ぎを聞きつけた人たちが来ちまうぜ?それに、」

「い…いてて……あれ、俺、なんで……」 

真っ先に正気に戻ったらしい綱海が、まだ痛むのだろう頭を押さえながら起き上がる。それに続いて、皆も意識を取り戻し始めたようだった。遠くでサイレンの音がする。恐らく、火災ベルが押されたのがセンターに伝わったのだろう。FFIセキュリティセンターの素早い対応に感謝する。

「……ですが、この雨で証拠もなくなりましたわ。勝負は引き分けでございます」
 
その点は、残念ながら否定できなかった。スプリンクラーのせいで不動はずぶ濡れ。単なる水に濡れたならメモリの復旧も可能だったかもしれないが、スプリンクラーから降ってきたのは、消火の為の何かが混ぜられた液体らしく薬品的な匂いがしていた。
 
彼女は割烹着を翻し、窓から飛び発っていった。そのまま、非人間的な跳躍で木々を渡り、見えなくなった。

「…………」

近くなるサイレンの音。
意識を取り戻し、いきなり置かれた状況に戸惑い、騒ぎ出すメンバー達。
深い……とても深いため息をつくと、途端に疲労と肩の痛みが戻ってきて、不動はそれらから逃げるように意識を手放した。

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