アイテム2

□暇を持て余した家政婦の遊び
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■□■□

監督室に向かう二人。
その背中を少しの間見送って、不動は宿舎の外に出た。――不自然に静まり返った周囲の環境は、まるで鏡の世界にでも迷い込んだようだった。変わりがないのは、照らす太陽の明るさと、温かさだけ。

既に、いくつかの予想はできていた。
その予想のひとつ。
おそらく、事の始まりは皆の食事の時間にあったのだろう。食堂そのものになのか、食事になのかは解らない。何かしらのかたちで皆にマインドコントロールをかけた。

そしてふたつめの予想として、その犯人――

(どうせ、『また』面倒な事になってんだろ)

――『彼女』と関わるのは初めてではなかった。
そう、不動もかつての被害者の一人で、彼女の迷惑な趣向は身を以てよく理解していた。
不動がその洗脳から逃れる事ができたのは偶然なのか、はたまたこれも彼女のシナリオ通りなのか……
どちらにせよ、意志はここにある。そうである限り、

(――ぶち壊す!)

やられたら、やり返す。
受けた倍以上の威力を以て。

不動は出来るだけ足音を立てないようにしながら、宿舎の周りを歩いていた。
目指すは、監督の部屋。

(……確か、この辺りだったか)

何度か久遠監督の部屋には入ったことがある。確か、青色の厚いカーテンがかかっていた。そのカーテンが開いているところを不動は見たことがなかったが、(監督室には日本代表の機密書類等があるからだろう)万が一、姿を見られないようにと壁ごしにちら、と目的の箇所を見やる。
と、

「…………」

カーテンが、開いていた。
不動はばれない様に窓の下、死角になる位置にしゃがんで移動すると、そっと壁に耳をあてる。……そうしなくても、何やら騒々しい物音と鬼道の悲鳴らしい声が窓から漏れて聞こえた。

そして、鬼道以外の、聴き覚えのある声も。

不動は小さく舌打ちをしてその場を離れる。怒りに荒らげる足音を構いもせず、不動は宿舎へと戻った。向かう先は――目的の部屋の前になって、立ち止る。

一枚ドアの向こうからは、何とも形容し難い……いや、形容したくもない声が惜しげもなく漏れていた。静かにそのノブを回す。運よく鍵はかかっていないようだった。

(まあ、それでもぶっ壊すけどな)

そして、不動は思った通り、全力でドアを蹴り破った。



ダァンっ!




「何奴でございますかっ!?」

破壊する勢いで開かれたドア。
そのけたたましい音と、巻き起こる風に、部屋の中にいた誰もの動きが止まっていた。

「――この話、裏モノにさせてたまるかよ――なァ、鬼道ちゃん?」
「不動!」

鬼道の呼び声に見向きもせず、不動は丁度正面にいた恰幅のよい中年女性を睨みつけながら、

「別に俺は、コイツがこのままヤられたって関係ねぇが、このシリーズを禁モノにすると後々巻き込まれて面白くない事になるのは目に見えてるからな」

恰幅のよい中年女性――フクさんは開き直った様子でフッ、と鼻で笑った。

「……それは確かにわたくしも危惧しておりましたでございますわ……果たしてこの『フクさんシリーズ』が真面目に裏作品に進出してよいのかどうか……だがしかぁーしっ!その境界を今こそ取り払う時――」
「黙れクソババア!」

予め準備をしていた。足を振り上げて――踵を踏んで履いていた上履きを、一直線に放つ――それは当然彼女を捕えるはずだった。
が。


「おっと、でございます」
「――っ!?」

避けられるはずがないと思っていた。
しかし、彼女は不動にも把握できない動きでそれを軽くかわしてみせた。だん、と目標を捕えそこなった靴が壁に当たって床に転がる音。音だけであった。確認したのは。

「……なん、だ……今の、動き…………」

彼女から視線を外せぬまま、不動は呻いた。
その様子を不敵な笑みを浮かべながら、彼女は高慢に口を開いた。

「RHプログラム……というのをご存じですか?」
「RHプログラム……?」

どこかで聞いたことのある言葉に、眉をひそめる。

「……まさか、ブラジルのロニージョを苦しめた……」

不動が思い出すよりも早く、震える声で鬼道が答えた。

「そう……脳の一部を刺激し支配することにより、人間としての限界を超え、生物として最大限の力を発揮することができる、強化人間プログラム――」

「……なぜ、アンタがそれを知ってる……?」

「それは、私が開発したものでございますから」

『なっ!?』

明かされる驚愕の真実に不動と鬼道の声が重なった。
フクさんが鬼道の方を向くと、彼に群がっている三人に目配せをする。
すると、意を察したのか、あっさりと鬼道の身体を解放した。

「まぁ、今回皆様に使用したのはそれを作る過程での試作品――お遊びのようなものでございますわ。副作用で意志を無くしてしまうので、多少のマインドコントロールをかけないと活動できないのですが……今回の都合にはそれが丁度よかったでございますからして。ちなみに私が使っているのは、被検体適正審査に使用する一時的なRHプログラム肉体強化ですわ」

「どうして……どうして貴女がそんなことをしなければ――」

「同人活動は何かとお金がかかるのでございます……と、いうわけで説明セリフは終わりでございますっ!」

 全くもって納得ができない理由を告白した彼女の巨体が動く!

「……っ!」

不動が反応するよりも早く、彼女の身体が一瞬にして接近、接触――手刀がめり込む――
横隔膜に当てられたのであろう、声すら上げることもできずに、衝撃に上体を折って呻く。その隙、相手に死角に回り込まれ――

「……!」

利き手である右腕を後ろねじりあげられる。よく警察とかが犯人を取り押さえる時にやっているあれだ。少しでも変な動きをすればさらに力を込められて激痛、さらには脱臼……無傷で終わることは有り得ない。

「不動!」

近寄ろうとした鬼道を、洗脳下にある久遠が掴んで止めた。

「離せ!このっ……!不動っ!」
「……っ余計なことすんじゃねぇ!黙ってろ馬鹿!」

まだ衝撃から癒えていない、肺に空気を送り込んで罵声の為に声をしぼり出し叫ぶ。

(折角解放されてたのに、せめて隙をついて逃げるくらいしてろっての!)
 
鬼道が再び拘束された事で、状況がより悪くなったことに、不動は殴られてもいないが酷い頭痛がした。正直、この状態で鬼道を守りながらの戦闘というのは不可能だ、と確信していた。

(……ま、もとより守ってやるつもりなんてねぇけど)
 
自分の身の方が、今は危うい。
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