アイテム2
□彼の笑顔が見られる日まで
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不動の行きそうな場所は大体想像がついていた。
彼は猫のようにいつだって気持ちの良い場所や景色の綺麗な場所を好んで居ることが多い。
――と、いつの間にそんなことまでわかってしまうようになったのかと、鬼道は苦笑した。
木陰の涼しそうな公園で、予想通り不動の姿を見つける。
しかし、鬼道はすぐに声をかけるのをやめた。誰かと一緒のようだった。
「そんなつま先で蹴るからどこ行くかわかんねーんだよ。近くにパスすんならもっと足の内側つかえ。足の内側」
小さな子供にボールの蹴り方を教えているのか。あまり他人には興味を持たないと思っていた分、この光景は全くもって意外すぎる。もう少し見ていたい、と鬼道は目立たないように少し離れたところにある木の後ろに隠れた。
「――こう?」
「そ。やりゃできるじゃねーか」
「やったー!!」
不動が笑う。
初めて見る、不動の屈託ない笑顔。
向こうからやってくる一人の女性を見つけて、子供が嬉しそうに声を上げながら駆け寄った。どうやら母親らしい。
「おかーさん!ボク、サッカーじょうずになったよ!このおにーちゃんがね、おしえてくれたんだ!!」
傍にいる不動に、母親があらまあ、ありがとうございます、と一礼する。不動もそれに合わわせ一礼を返すと、
「気をつけて帰れよ」
「うん!ばいばいおにーちゃん!!またサッカーおしえてねー!!」
「ああ」
名残惜しそうにぶんぶんと手を振る子供に、不動も軽く手を振り返す。
母親がまた一礼して、子供と手を繋いで歩きだす。
公園の外に出て見えなくなってしまうまでその親子を見送って、不動はようやくこちらに気がついた。今の一連を見られていたことに対してか、先ほどとは一転して、彼はあからさまに不快な表情でこちらを睨みつけてきた。
「知り合いか?」
「さあ?しらね」
「――いいな、親子って」
「…………」
申し訳程度にしか覚えていない母親の温もり。自分も幼い頃はあんな風だったのだろうかと思う。不動は、どうだったのだろう?視線を合わせないようそっぽを向いている不動に、鬼道はなおも言葉をつづけた。
「……お前があんな風に笑ってるの、初めて見た」
「……フン」
器用にボールを蹴りあげて抱え、さっさと歩きだす不動。
「おい、」
「戻れ、って言いにきたんだろ」
追いついて、道端を並んで歩く。
「単独行動は少し控えてくれ。春奈が頭を抱えていた」
「へいへい」
「監督が俺達に話があるら――」
突然、ぐい、と腕を引っ張られて鬼道は不動に強く引きとめられた。
―――!!!
けたたましいクラクションの音。
たった今、自分が歩いていた場所を猛スピードで走るスポーツカーが突進していった。
「―――!」
「しっかり前見て歩きやがれ馬鹿が!」
「……す、すまない」
「見えねーならンなもんつけてんじゃねーよ」
ぴん、と不動が指で鬼道のゴーグルをはじいた。皮膚に響いて痛かったが、このくらいされてしまってもしょうがない。
「ったく……」
めんどくさそうに舌打ちをする不動の横顔を見つめる。
傍にいれば、傍にいる程に伝わる不動の優しさ。
言葉は乱暴でも、行動を見ていればそうでないことはすぐにわかる。
「あんだよ」
「お前はいい奴だなと思って」
「はァ?ついに頭が沸いたか」
「いや、なんでもない」
「……フン」
不動は不機嫌そうに鼻をならすと、急に走り出した。
「おい、不動!」
「うっせー!早く帰って飯食いてぇんだよ!」
不動の後を追いかける。
ちらりと見えた彼の横顔が少し笑っているように見えたのは気のせいだろうか?
(そうだといい――)
「あ!おかえりなさい二人とも!もー!不動さん、勝手にひとりでどっか行っちゃわないで下さいよ!?」
「はいはい、悪かった悪かった」
春奈にどやされながら宿舎に入る不動を見ながら。
いつか、もっと彼を解りあえる日が来るのだろうかと思う。
もし、そんな日が来るとしたら、
その最初の人物は自分であって欲しい。
何故だかまだよくわからない。
だが、鬼道はそう強く願った。
――あの時のような、彼の笑顔を見られる日は何時だろう?――
Fin.
→あとがき。