アイテム2
□とある都内の―
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深呼吸をする。
震える指で緊張しながら目の前のチャイムを押した。
『ピンポーン』
来客が来たことを知らせる電子音がドアの向こう側から聞こえる。
押した指をすぐさま引っ込めて、立向居はもう一度深呼吸をした。
そして中から聞こえる懐かしい、声。
少しして、目の前のドアががちゃりと開くと、
「よォ、久しぶりだな」
「綱……わぁ――!!」
久しぶりに会う仲間の姿を見るなり、立向居は驚きの声をあげた。
「つっ……綱海さん、かかかかみっ…………!!!」
「ん?ああ――」
いつもは元気に立てられている髪が、今はしんなりと落ち着いて、左右に癖っ毛が少し跳ねている程度になっていた。もちろん、いつものサングラスもない。
アワアワ動揺している立向居の腕を引っ張って、綱海がとりあえず入れよと中に招き入れる。
都内にあるマンスリーマンションの一室。
連休を利用して東京に出てきた立向居と違い、FFIが終わってから今日までの約一カ月の間、綱海はここで生活をしていた。
「そんなに驚くこたねーだろ。俺だってグラサンかけない時もありゃ、髪をセットしない日だってあるさ」
絨毯も何も敷いていない綺麗なフローリングの床。綱海が座布団代わりのクッションを押し付けながら少し恥ずかしそうに言った。
「えっ?いや、まぁ、そうですよね……」
「ほら、それに俺一応受験生だし?」
――そういえば。
年上、という認識はあったものの、彼が中学三年生で受験生だということをすっかり忘れていた。それを聞いて、クッションに腰をおろしながら立向居が思い出したように、
「え、でも確か……スポーツ特待生で入学できるんじゃなかったんですか?雷門学園長の知り合いがやってるサッカーで有名な私立高校に……」
「まぁ、そうなんだけどよ〜一応学力テストと課題があんだよ。ほら、俺らってFFIでそれどころじゃなかっただろ?俺、ただでさえ成績ワリィのに、今更数学とか国語とかもうちんぷんかんぷんでよ〜」
そう言って綱海がくしゃくしゃと髪を掻き毟る。髪の跳ねがいくつか増えた。
「あんまり悪い結果で夏末の親父さんに恥はかかせらんねーだろ?それに、あんまり悪いと特待生の取り消しもあるらしいからな」
ついさっきまで勉強してたと思われる机には多くのノートや課題の問題集・参考書などが散乱していて、苦労の後が見える。その視線に気付いたのか、綱海が机の上からやりかけの問題集を投げてよこした。
「わわっ!」
「22ページ。問1からなんもわかんね。」
「22ページ…あ、高校入試…模擬テストですね。……えっと……あ、この問題だったら俺わかりますよ」
立向居が一番最初の大問1の計算問題を指差して言う。
「えっ!?マジか!?」
ここをこうして、これがこれで、この公式に当てはめて、と、解説を交えながら、ノートに経過式を連ねていく。
「で、これを計算して出てきた数字が、多分答えです」
綱海が問題集の解答と照らし合わせる。
「あ、合ってる。スゲェな立向居!!見直したぜ!!」
「たっ…たまたまですよ!他の問題は多分ほとんどわかりません、まだ習ってなさそうですから――」
「あ。そっか。そーいやお前まだ一年だったっけな。すっかり忘れてたぜ!ま、何年だとか何歳だなんて、そんなの海の広さに比べたらちっちぇことだ!!」
はっはっは、と綱海が声を上げて笑う。
でも、そんな綱海も“中学生”ではなく、“高校生”になってしまうのかと思うと、どこか遠い場所へ行ってしまう気がする。
――ただでさえ、今は皆実家に戻ってしまって、体も離れてしまってるというのに。
その上心の距離まで離れてしまうというのはどうにも耐えられない。
立向居の書いた式をふんふんと読み返している綱海の横顔をちらりと見やる。
(こんな、一生懸命勉強する綱海さんなんて…別人になる準備してるみたいだよ………)
自分がそんなこと考えているなんて、彼は微塵も考えていないだろうが。