アイテム2

□鼓動
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 トク、トク、トク。
 ――鼓動。

「…………」
 
鬼道はその音に目を覚ました。
うっすらと目を開けたが、消灯した部屋と顔まで被っていた布団で、視界は闇のままだった。
しかし感じる、呼吸、鼓動。
もちろん、自分のものではない。

(……え?)
 
がば、と身を起こす。
傍らの気配に手を伸ばせば、やはりそこには『誰か』がいて、その身体の一部に触れた。

「これは……」
 
偶然に触れた場所。それは頭部らしい箇所だった――とても特徴的な頭部――鬼道の記憶の中でも、この手触りから考えられる髪型の持ち主は一人しか思いつかなかった。そうでなくても、鍵のついた二人部屋。こうして鬼道の布団の中に潜り込んで来られる人物は一人しかいない。

「不動……」
「……寒ィ」
 
鬼道が起き上がったことで剥ぎ取られたかけ布団を引き戻して、不動は再び何事もなかったかのように眠りにつこうとして――

「不動!これは一体何のつもりだ!?」
「……るせぇなぁ……近所迷惑を考えろよ……ったく……」
 
そう言って寝返りを打った不動に奪われた布団を取り戻しながら、鬼道は乱れた呼吸を整えた。一つ深呼吸をしてから、改めて彼を詰問する。

「……何でお前が、俺の布団の中にいるんだ」
「なんで、って――」
 
不動が再び布団を奪い返そうと引っ張ってくる。

「お前が言ったんだろ」
 
そうしながら返ってきた答えに、鬼道は言葉を失った。

(自分が、求めた――?)
 
そんな覚えは全くなかった。
 
だが。

(……嫌な、夢を見ていた気がする……)
 
どんな夢であったかは覚えていないけれども。
そのせいで、何かうわごとを言ってしまったのかもしれない。
だとしても、所詮はただの寝言。わざわざそれに反応してその通りにしなくても――

「なあ」
 
不動の声に意識を戻され、

「……俺じゃ駄目なのかよ」
「え?それはどういう意――」
 
言い終える前に、抱きしめられる。

「お前が悲しみをぶつけるのも、怒りをぶつけるのも、俺じゃ駄目なのかよ」
 
声が、震えていた。そして、身体も。
小刻みな振動が、鬼道に伝わってくる。

「……嬉しさや……楽しさは……あいつらでいい……でも、お前は馬鹿だから……円堂たちに自分の辛さを見せない……見せたくないんだろ。溜め込んで溜め込んで、結局溜めきれなくて……この有り様じゃねぇか……」
「……ふ、」
「不快なんだよ!お前がそうやってグズグズしてんのが……!!だったら!さっさと吐き出しちまえよ!不幸ふりまいてんじゃねぇよ……!!……俺も……背負ってやるから……」
「不動……」
「……っ」
「……ありがとう……俺の代わりに、泣いてくれて」
 
不動の身体を抱きしめ返す。――不動のカラダ。こんなにも、弱弱しかっただろうか?――

(そうか……これは『俺』なんだな……)
 
閉じこめていた自分。
誰にも知られたくなかった自分。

(変な、意地を張っていたのかもしれないな……)
 
辛い時は泣けばいい。叫べばいい。
辛い事を隠す必要なんて、

(辛い時に『辛い』と言える勇気も必要なのかもしれない)

――そうだ。

「……『独りじゃない』……そう、俺に教えたのはテメェだろが……」
 
息を漏らす。張りつめていた気持ちが和らいで、

「……そうだった、な」
 
抱き合う不動の身体ごと、そっとベットに横になる。

「……今日は、傍にいてくれないか……?」
「……ああ」



 
不動がどんな表情をしているのか。
自分がどんな瞳で彼を見ていたのか。
暗闇の中、光は必要なかった。
此処に、感じる鼓動――
それで、充分。




fin.
→あとがき
 
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