アイテム2

□We wish a Merry X'mas!(前篇)
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――

「いかがなさいましたか、有人様」
「……いえ。」

鬼道財閥専用車の中から、外に広がるクリスマスのネオンを眺める。
週末ということもあるだろうが、華やかな街路を歩く人々の多くが男女の対、もしくは両親と手を繋いで楽しげにショーケースのおもちゃを指差す親子連れであり溢れていた。

幼くして父親と母親の両方を亡くし、唯一の血縁者である妹の春奈とも別々の家庭で暮らす毎日。

その上、鬼道財閥の跡取りとして、また、サッカー名門校である帝国学園サッカー部の紅一点でありながらもキャプテンとしての責任を担う鬼道にはクリスマスを楽しむ余裕など、ありはしなかった。

微かな記憶――クリスマスツリーの飾り付けで、てっぺんの星に手が届かなくて、妹と代わりばんこに母親が抱き上げて触らせてくれたこと――バレバレの変装でクリスマスプレゼントを用意してくれた父親――柔らかな手、暖かな体温。

――笑顔。

笑顔で溢れていた。
あの頃は。

しかし今は――

幸せでないわけではない。
養父も彼なりに自分のことを大切にしてくれているのはわかる。
クリスマスの日に仕事で一緒に過ごせないことをとても申し訳なさそうに鬼道に話してきた。鬼道はそれを真摯な態度で受け止めた。

『大丈夫です、私のことは心配しないで下さい』

それが、ここで生きるための使命だとでもいうように。
養父はそんな彼女を満足げに見つめ『それでこそ我が跡継ぎに相応しい人格だ』と鬼道の頭を優しく撫でた。――その手はとても冷たかったけれど。


自宅に着くと鬼道は食事も摂らず、シャワーだけ浴びると自室のベッドに横になった。
瞼を閉じれば、今日見たあの華やかなネオンが脳裏に描写される。

楽しそうな人、人、人。

かわいらしいサンタクロースのコスチュームを着たキャンペーンガールだろう女性がいたことを思い出す。それを着てみたい、彼女らのように可愛くなりたい、と思いはすれども、それを決して口にすることは出来なかった。

未発達の胸――同世代の女子と比べると、少し劣るだろう――にそっと触れる。
別に、大きくなってほしいわけではない。
それはそれで、サッカーをする際に何等かの支障がでるだろうから。
ただでさえ女子は男子に体力的にも身体的能力でも劣るのだ。これから成長して男女の差が出てくれば尚更のことである。

……というのも、結局は自分を納得させる為のいい訳であって、本音としてはやはり女性らしく魅力的でありたかった。
それは、男子の中で過ごしてきて、忘れたと思っていた鬼道の中に残されていた『女の子』としての純粋な気持ちだった。


(源田も…佐久間も…辺見とかも、やっぱり胸が大きくて可愛い子が好きなのかな……)


源田はともかく、佐久間と辺見は可愛い子が好きそうだな、と想像する。


(源田は……清楚なのが好きそうかも)


自分はどうなのだろう。
彼らにはどう映っているのだろう。
キャプテンとしか、やはり思われていないのだろうか――?


(今日は駄目だ……なんかおかしい)


……クリスマス。
クリスマスは彼らはどのように過ごすのだろう。
家族と?
好きな人と?


雑念は判断を鈍らせる。
このままだと明日の練習で総帥に怒られることは間違いない。
鬼道はそれを振り払うかのように、枕に深く顔を埋めた。



クリスマスまで、あと3日――
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