アイテム2

□同人作家フクさんの憂鬱
1ページ/6ページ

カリカリカリカリカリカリカリカリ……

「――原稿締切まであと3日――」

カリカリカリカリカリカリカリカリ……

……カタン――

くしゃくしゃくしゃっ
ポイ!
ぱさんっ。

無造作に丸められて投げつけられるように放られた紙は、ごみ箱の縁に当たって床に落ちた。
彼女はそれを拾い上げることもなく、机に向かってまた新たな紙に何かをカリカリと書き始めている。
床の上には、今入らなかったものを含めて、軽く十を超えるゴミが散乱していた。かれこれ三時間はこの作業を繰り返している。

とんとんとん。

と、軽くドアをノックする音が聞こえて、続けて可愛らしい弾む声がその向こう側から聞こえてくる。

「フクさーん!あけてー!」

その名を呼ばれて、彼女は仕方なくペンを置くと椅子から立ち上がった。
はいはい、と返事を返してドアを開けると、そこにはトレイにコーヒーの入ったマグカップを載せてこちらを見上げる幼い少女の姿があった。
彼女が住み込みで働かせてもらっている家庭の長女・夕香であった。

「夕香お嬢様……」
「はい!わたし、フクさんのためにコーヒー入れたから飲んで!」
「ああ、ありがとうございます」
「……フクさん、まだ“げんこう”おわらないの??」

そう言って、少女が心配そうにこちらを覗きこんでくる。
きっと、それほどまでに自分の顔は憔悴しきっているのだろう――
彼女はやさしく微笑むと、トレイを受け取り少女の頭を優しく撫でた。

「ありがとうございます、夕香お嬢様」
「あのね、夕香、お手伝いできることがあったらなんでもするから言ってね!」
「はい、ありがとうございます。お嬢様のそのお言葉だけで充分でございますわ」

本当はまだ1ページも進んでいない。
締切はもう明後日だというのに……
少女はこれ以上引き止めてはいけないと感じたのか、頑張ってね!いつでも呼んでね!とねぎらいの言葉を残して去っていった。

ぱたん。
部屋のドアが締まる。
少女が入れてくれた温かなコーヒーを口に運びながら、彼女は再び机に向かった。
ほどよい濃さの苦みと甘味を含んだ液体が、じわじわと喉を通ってゆくのがわかる。
一昨日からろくに食べていない胃に、染み渡るようだった。

「夕香お嬢様……旦那様、そして修也さんに似て素晴らしいお人に成長されましたわ……本当に、あれだけお優しくて可愛らしくて、修也さんが夢中になるのも無理はございませんわね………………………修也さんが…………夢……中……………これだわっ!!!」

ガタン!
勢いよく席を立ちあがる。
彼女は嬉しそうに独白した。

「揺れ動く『男』としての感情と、『兄』としての感情が複雑に交錯した末、彼は一体どちらの選択をするのか――!?
きゃあ!これですわ!!夕香お嬢様〜!ちょっと手伝っていただけませんか夕香お嬢様〜♪」

ドアを開けて、少女の名前を呼びながら軽い足取りで部屋を後にする。
この先に起こるであろう出来事を、全く関係ないはずの彼が巻き込まれていくなんて、一体誰が想像できたであろうか――






「――!?」
「どうした?鬼道」
「いや……なんだか急に寒気が……」
「風邪でも引いたか?」
「じゃなきゃいいんだが……今日は温かくして早く寝ることにしよう。」
「ああ、そうしておけ」
「……そういえば豪炎寺。俺達は今一体何をしていたのだろうか……時間軸も背景もまったく見えないこの曖昧設定は、俺は変なトラウマがあるんだが――」
「ん?どういう意味だ??」
「いや、なんというか、変な話だが……誰かの都合よく動かされているような……」
「すまん、お前の言っていることがよく理解できないんだが」
「ああ、いや、なんでもない。忘れてくれ」
「じゃあ、また明日。気を付けて帰れよ」
「ああ。また、明日……」



いつもの分かれ道で豪炎寺と別れて、鬼道は一人帰路を歩きながら。



「……なんか変だ……俺、今何をしているんだ……」



ポツリと呟いた言葉は、答えもなく夕焼けの空に溶けて消えていった。


.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ