アイテム2

□寒空の下、君と白い息を
1ページ/2ページ

「今日は寒いな」

白い息を吐きながら豪炎寺が言った。

「ああ。今夜は大分冷えるらしい」

同じく白い息を吐きながら鬼道がそれに答える。
夜も更けた帰り道。
二人が一緒に通っている塾からの帰り道だった。

中学三年生になった彼らは立派な受験生となり、サッカーに打ち込んでいた頃と打って変わって、受験勉強に励む毎日を送っていた。
特に、難関校を目指すこの二人は他のメンバーとは比べものにならない時間と努力と、そしてお金を懸けられて、将来の一歩に臨んでいた。

寒空の下。並んで歩く二人の影が外灯に照らされて、冷たいアスファルトに長く映る。

「なあ」
「ん?どうした豪炎寺」
「ちょっとコンビニ寄って行かないか?温かいものが食べたい」

そう言って豪炎寺は寒さに悴んだ両手を口にあて、ハァ、と息を吹きかけた。

「ああ、構わない」

鬼道が答えると、二人は少し先に見えたコンビニエンスストアへと入る。
自動ドアを抜けた店内の暖かさに、思わず肩の力が緩んだ。

「何がいいか?奢るぞ」

豪炎寺が肉まん系が入ったガラスケースを示して言うと、じゃあ言葉に甘えて、と鬼道はあんまんを頼んだ。すると、彼がキョトンとした表情でこちらを見ていたので、

「……?どうした、俺は何か変なこと言ったか?」
「いや……」
「なんだ?」
「お前、外見は西洋かぶれなのに、内側は古風だよな、って思って」
「…………」

『西洋かぶれ』ってお前。サッカー部を引退して、それ以外のことを話すようになって改めて思ったが、豪炎寺はたまにこうやっておかしなことを真顔で言い出してくる。
特に鬼道の返答を待つわけでもなく、豪炎寺はレジで肉まんとあんまんの二つを注文して商品を受け取った。

「どうした?まだ何か買いたいのがあるのか?」

どうやら無意識のうちに凝視してしまっていたらしい。

「いや、何もない」
「じゃあ、行くか」

再び暗い寒空の下に戻ると、その寒さに縮こめた肩に力が入る。
数分だろうか、しばらく歩いた後に鬼道は豪炎寺に話しかけた。

「肉まん、食べないのか?」
「歩きながらは嫌だ」
「でも、冷えるだろ」
「歩きながら食べるのは身体によくない」
「……お前、変なとこ細かいな」
「ああ、一応は医者の息子だからな」

あそこで食べよう。あの角を曲がったところに小さな公園があるから。
豪炎寺の言葉に頷いて言われた場所についてみると、市の規定で作られたのであろう公園があった。フェンスと飾り木で囲まれた、箱庭のような小さな公園。
周囲に植えられた木々は手入れが成されていないのか、枝が覆い茂って外からの視界を塞いでいた。

錆びついた滑り台とブランコ。その脇にあった木製のベンチに二人腰を下ろす。
視界を遮るほどに茂った枝葉は、今はいい防寒材となって冷たい風を防いでくれていた。
何もないよりはマシな場所だろう。
がさがさと豪炎寺がレジ袋から買ったものを取り出すと、鬼道の分を差し出してくる。
ありがとうと礼を言って受け取って、包装紙を開く。暖かな白い蒸気が夜空に上がった。
先に肉まんに噛り付いた豪炎寺が、ふいにポツリと呟いた。

「……寒いな」
「じゃあ家に帰ってから食べればよかったんじゃないか?何もこんな寒い中……」
「そしたら冷えちまうだろ?」
「…………」

はむり。豪炎寺が再び肉まんに口を戻す。
鬼道は苦笑してあんまんに齧り付いた。口の中に広がる優しい餡の甘さ。
こしあんだった。
そのまま、二人は特に言葉も交わさず、もくもくと湯気を立たせながら食べることに集中した。

「ん」

横を見ると、先に食べ終わったらしい豪炎寺がくしゃりと包み紙を丸めて、指先についたのを舐めているところだった。


「お前、歩きながら食べるのは駄目で、洗ってない手を舐めるのはいいのか」

「多少の細菌は取り込んでいたほうがいいんだ。抗菌ばかりしているとそのうち人間の免疫力はなくなるからな。それより――」


ぐい。
突然マントを引っ張られ、鬼道の身体は豪炎寺の方に否応なしに倒れ込んだ。

「……!?」

落としそうになる食べかけのあんまんを掴んでおくので精一杯だった鬼道は、目を白黒させながら豪炎寺に驚いた視線を向けると、

「寒いから、半分かしてくれ」

真顔で、堂々と。
少しも悪いと思ってない風に。
自分だったら絶対に許してもらえるだろうという計算の元の行動。
こうして鬼道は豪炎寺にいつも振り回されっぱなしだ。

「……豪炎寺、お前は全くいい加減に――」




――本当に、いつも、振り回されっぱなしで。




「あんこ、ついてた」
「〜〜〜〜〜!!!」


さっきまで冷え切っていたはずの全身に、勢いよく熱が上がっていくのを感じながら。


「落とすぞ」


残りのあんまんを食べられてしまったことも気づかない程に。


「――――」


思わず手で塞ぐ、
口端に残る、
生温かな感触。


「どうしたんだ?鬼道」

「……お前、わかってて全部やってるだろう」

「ああ」


そう言ってニヤリと目を細める豪炎寺から目を逸らして、火照った顔の熱を吐き出すように、嘆息する。
コンビニに行こうと言い出したのも、歩きながら食べるのが嫌だといったのも、全部、最初からこうなるように仕組まれていたのだ。この男、豪炎寺によって。

「……お前は馬鹿だ」
「お前だって、わかってて俺について来たんだろう?なら一緒だと思うんだが」
「こんな――こんな回りくどいことしなくても俺は、」

「『俺は、』なんだ?」

「俺、は……」


なんで、俺は、こんなこと。


鬼道がそこで言葉を止めていると、豪炎寺の手が伸びてきてゴーグルが額へとずらされた。彼の綺麗な茶色い瞳が、鬼道の紅瞳を真っ直ぐに見つめてくる。

「――っ」
「続き、言葉じゃなくていいから」

豪炎寺の瞼が閉じる。

「……訂正だ。お前は馬鹿じゃない……『大馬鹿』だ――」





言って、
重ねた唇は、
温かく――






『別にそれでいい』
お前とこうしていられるなら。










通い合う二人の心は、
いつまでも、
凍えることはないだろう――














(寒いから次からは屋内にしてくれないか?体調を崩すといけない)
(……もう『次』のおねだりか鬼道)
(――!!!)





『寒空の下、君と白い息を』




Fin.
→あとがき
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ