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□心絆 ―きずな―
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「私、どのくらいの時間で着くとか、言ってませんよね……?」
「え、……そうでしたか?」
 男はわずかに目を見開き、次いで逸らすと言いましたよ、と早口に言う。
「言ってません。……もしかして、場所知ってるんじゃないんですか?」
 やはり新手の勧誘かなにかだろうかと、マルタは胡乱な目を向けた。すると、男は開き直ったように笑みを浮かべる。……妙に背筋がぞわぞわする、いやな笑い方だ。
「ばれたら仕方ないなあ。ま、とりあえず何でもいいから一緒に宿屋まで来てくださいよ」
 さあ、と差し出された手を、思わず払う。
「お断り! 道が分かるのにどうして付き合わなくちゃいけないの」
 もう用はないとばかりにマルタは男に背を向けたが、歩き出す前に腕を掴まれた。ものすごい力をこめられて、小さな悲鳴が漏れる。
「なにするの!」
「逃げられちゃ困るんだよ。仲間が首を長くして待ってるんだ。……ヴァンガードの娘!」
「……あんたっ」
 ひゅっと息を呑み、マルタは拘束から逃れようと身をよじる。けれど、大人の男の力にはとても敵わなくて、なかなか振りほどけない。いっそ相手の腕を斬りつけてでも。そう思って自由な方の手を武器に伸ばしたけれど、やはり街中ではあまり騒ぎを大きくしたくない。
 迷っていると、男は吐き捨てるように言う。もはや人のよさそうな顔をするのは止めたらしい。
「忘れたわけじゃないだろう……。一年前の、血の粛清をっ。マーテル教会の仕業みたいに言ってたくせに、自分たちで起こしてたんじゃないか! 組織を解体したからって、まさか許されるとは思っちゃいないよな?」
「それ、は……っ」
 鋭く抉るひとことに、マルタの動きが止まる。
 彼の、言う通りだ。
 恨まれていて、当然なのだ。
 シルヴァラント解放を謳いつつ、なぜシルヴァラント領であるパルマコスタを襲ったのかと。おまけにマーテル教会を騙ったせいで、テセアラからの風当たりもさらにきつくなった。そうやって蔑まれた恨みも、すべてヴァンガードに向かっている。
 裏にどのような事情があったかなど、彼らには関係ない。そのあとにこちらがどんなフォローするような行動を取っていても、考慮してやる余裕が、ない。
 かつてマルタ自身がそうだったように。大樹暴走について深く知ろうとせずに、ただコレットを責めたように。分かり合えたのは、運がよかったのだ。
 事実、今でも再生の神子に恨みを残す者は存在する。
『許してはもらえなくても、これからは信じてもらえるように、地道に頑張るしかないんだよ。そしたらいつかきっと分かってくれる。……マルタみたいにね』
 石を投げられても言い訳ひとつせずに受け止め、そう言って笑っていたコレットを思い出す。
 ……自分は彼女じゃないから、全く同じようには出来ないかもしれない。でも、力で切り抜けていたら、分かり合える可能性すら潰してしまうような気がする。
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