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□対峙 ―たいじ―
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Side - Marta
「あんたを……倒す!!」
覚悟を決めて構えたはずの刃。
それでも、時間が経つにつれて揺らいでいく、心。
仕方がない。だって、だって彼は。
深くからせり上がってくるような自分の叫びに蓋をして、攻撃術の詠唱をする。……彼がくれた力で、彼自身を攻撃するだなんて、皮肉なものだ。
マルタ、と。注意を促す声をかけてきたのはロイド。
その声にはっとして、閉じていた目を開いた。
彼が、荒ぶる獣のような咆哮をあげて迫ってくる。空気抵抗を少なくするためか、体勢は低く、握る剣は居合いのような形で身体に添わせて。
その姿に、ふと既視感を覚えて、集中が途切れる。
『んなとこでぼーっとしてんじゃねえ!』
『マルタ、危ない!』
そう、そうやって彼はいつも駆けつけてくれた。
詠唱する自分の背後に敵が迫れば、いつだって。
だけど。
今は、その刃を振り下ろす先は。
敵。そう、敵だ。マルタは今、彼にとっての敵なのだから!
詠唱を中断し、眼前に迫った剣を咄嗟にスピナーで受けた。力比べになれば敵いっこないから、反動を利用して後ろに跳び退る。
彼は忌々しそうに舌打ちを漏らして、追撃を加えようと構えを取る。けれど、その横合いから炎を纏った回転切りを繰り出すロイドが迫った。
それに気付いた彼の剣が、ロイドの剣を弾く。攻撃を通すことの出来なかったロイドは、そのまま身体を捻って彼の頭上を飛び越え、すとんとマルタの隣へ着地した。
その一挙手一投足から目を逸らさず、マルタは彼をじっと見つめた。その瞳の奥の色を探るように。
「どうした。もう終わりか? 俺を斬るんじゃなかったのか?」
嘲るような声が耳に届く。何度聞いたって、その声は聞き慣れた“彼”のものではなく、ただヒトを屠らんと怒りに狂える精霊のそれ、で。
「……斬るよ」
だけど、どうしてだろう。どうして自分は、かの精霊の向こうに、“彼”の姿を見てしまうのだろう。
どうして。
構えを取るでもなく、ただ突っ立っているだけの自分に、かの精霊は攻撃を加えようとしないのだろう。