書物庫
□違乱 ―いらん―
1ページ/9ページ
手に、力が入らない。
思わず取り落としそうになる剣を必死に握りしめ、エミルは舌打ちを漏らす。
いくらコアの暴走で暖かくなっているといっても、フラノールだ。雪は積もっているし、風は身を切るように冷たい。
そんな中、防寒対策もそこそこに戦闘を重ねれば、体力は激減し、動きが鈍くなるのは自明の理というもので。
年長のリーガルは、用心しすぎて困ることはないだろうとアドバイスをくれていたのに。動いていればそのうち暖かくなるだろう、そんなふうに楽観的な判断をした過去の“自分”を殴り飛ばしたくなった。
(だから甘いって言うんだてめえは!)
魔物を切り伏せながら、実際に戦いもしないくせに、と、普段の自分を胸中で罵る。
「気をつけな、エミル! 後ろだよ!」
しいながあげた注意の声を受けて、咄嗟に動こうとしたけれど、慌てたためか雪に足をとられてしまう。
迫る魔物の爪。
間に合わない。そう思ったと同時に、右肩に激痛が走った。
マルタの悲鳴が聞こえる。
意地でも放すものか、と、流れ出した血に濡れた手で剣を掴んだまま、エミルは魔物の腹部に蹴りを入れた。
反動でふらついてしまって止めを刺すまでには至らなかったけれど、すぐにリーガルが走ってきて、魔物を地に沈める。
「……大丈夫だったか」
「……ああ。世話をかけた」
傷ついた肩を押さえながら周囲を見回し、今のが最後の一匹であったことを確認すると、エミルはゆっくりと剣を鞘に収めた。安堵から全身の力が抜けて、思わず膝をつく。
「エミル……っ」
駆け寄ってきたマルタがそばで同じように膝をつき、すぐさま治癒術を唱えた。
マナの流れが温かい光を紡ぎ、エミルを包む。みるみるうちに傷口は塞がり、痛みは消えていった。
「大丈夫……?」
「ああ。もう痛みもない」
それならいいけど、と言いながら、マルタは心配そうに覗き込んでくる。
そうして、何気なく、本当に何気なく、エミルの肩に触れてきた。
けれど。