〜pray〜

□〜第六章〜 誤解は早めに解かないと、後々大変
1ページ/13ページ



「ターミナルまで行け」


何時間か前から張っていた検問も全て終わった頃、パトカーに乗り込み開口一番にそんな事を言い放った土方を見て、沖田はうろんげに眉をひそめた。


「こんな夜中にターミナルなんて、夜景でも見に行くってんですかィ?」

「ンなわけねーだろうが!仕事だ」


ふざけてんじゃねぇぞ、と他の隊士が見たら震え上がるような凄みを効かせて睨むも、この男には無力だ。
むしろ、これから近藤に報告を入れるために屯所まで帰ろうとしていた沖田にそう言い放った土方に対して、冗談言うんじゃねェ。という殺気が出て…いない事を祈る位、機嫌を損ねたらしい。


「ヘェ、副長も大変ですね。こんな夜中まで仕事とは。でも、俺ァもう眠いんで行きたかったら勝手に逝って下せェ」

「「いく」の字、違ってるぞテメー!!」


いいからさっさと出しやがれ!と沖田に檄を飛ばすと、大欠伸をしながらも車を進めた。


「何でそんな所に行くんですかィ?理由と報酬によっちゃァ、行ってあげてもいいでさァ」


運転をしながらも納得のいかない沖田は、欠伸で潤んだ目を擦りながら、相手に問う。
さり気なく交換条件を出す沖田に、土方は絶句した。
ドSで我が儘な皇子は、上司の仕事理由を聞く上に報酬を催促することを覚えたらしい。
しかも、上から目線。
末恐ろしい奴だなと心中で呟きながら相手の問いから言い逃れようと思ったが、所詮後になれば分かること。
教える気はなかったが、話しても害はないだろうという結論に至ると、土方はポケットからタバコを取り出しながら話し始めた。


「さっき、巡回してた隊士から電話があってな。出てみたら、今すぐ来てほしいって言われたんだ。」

「こんな夜中に鬼の副長ともあろう方に電話を寄越すなんざ、ずいぶん肝が据わった隊士ですねィ。」

「肝が据わっている訳じゃなさそうだったぞ?声、涙混じりだったし」


時計を見ると、もう12時過ぎ。
土方に電話を寄越した隊士も、苦肉の策だったんだろう。と他人事のような感想を抱きながら更に問いただす。


「で?何があったんでィ?」


その言葉に、今までポーカーフェイスを気取っていた土方の顔が煙草の煙の向こうで歪んだのを見逃さなかった。


「…お前、山崎が今何してるか知ってるか?」

「何って…連続少女誘拐事件の内密捜査でしょ?ってか、前に土方さんが隊士達の前で堂々と言ってやしたがねィ。とうとう呆けやしたかィ?」

「呆けてねーよ!空頭のお前の中に残ってるか確認したんだよ!ってか、いちいちチャチャ入れるんじゃねェ!話が進まないだろうが!」


聞くんだったら黙って聞きやがれ!と睨みつけると、肩をすくめながらも聞く体制に戻った沖田を見て話を進める。


「とりあえず犯人と接触させるために、山崎には犯行志願者っていうことにさせた。ケータイと警察手帳を持たせてな…」


そこで、不意に土方の声が途切れた。
それに気づいた沖田が、不思議そうな顔をして土方の顔を見る。
…そのポーカーフェイスからは、何も読みとれなかったが。


「何か不備でもあったって言うんですかィ?」

「不備、か。不備っつーより予想だにして無かったことがな」


エンジン音が異常に響く車の中で放った言葉は、怒鳴り声と同様よく通った。
だがさっきの怒鳴り声と違うのは、妙な緊迫感。
窓から見えてきたターミナルを一瞥した土方が、煙草を灰皿に押しつけながら呟いた。

















「ターミナル付近で、血まみれの山崎の警察手帳があったそうだ。」

















初めての囮捜査の日が前日に迫った夜。
不安や何やらで眠れない真姫は、ゴロゴロと布団にくるまって悶えていた。

結局、言っていないのだ。
明日、囮捜査をやることを。

他にも、色々考えることややらなければいけないことが出来てしまって、タイミングを待っている間に言う機会を逃してしまったのが一番の原因なのだが、日が経つにつれ段々言わなくても良いのではないか。という思いが芽生え始め、伝えるのを諦めたことが大きな理由だった。
よくよく考えてみれば、明日はたかが囮捜査なのだ。
初めてやるので勝手はよく分からないが、要するに向こうの懐に忍び込んで被害者を救出、あわよくばその犯人を確保すれば自分の仕事は大成功のうちに終わる。
死なない自信はあったし、たかが攘夷浪士に自分が後れを取るとはどうしても思えない。
自意識過剰だと怒られてしまいそうなので、それは決して言わないが。


「真姫?…起きてるか?」


そんな事を一人で悶々と考え込んでいた真姫の背中にそう声をかけてきたのは、もう既に寝たと思っていた銀時だった。
その声を聞き取った真姫の動きがピタリ、と止まる。


「……起きてるよ。どうしたの?」


自分がバタバタしていたせいで寝ていた銀時を蹴り飛ばしたのかもしれないと思うと罪悪感が込み上げてきて、とりあえず話を繋げながら謝る言葉を用意していた真姫に、銀時がポツリと呟いた。


「ここからよォ、俺の寝言だと思って聞いてくれや。実際俺にも確信は持ててねェんだ。」


でも、すごい大事な話だし聞いておきたいことなんだ。と、真面目に話す銀時の言葉を背中で聞きながら、いいよ。と警戒心を悟られないように自然に返す真姫。
表情で動揺がばれるのを避けるため、銀時に背を向けたままで。

そして少しの沈黙の後、銀時が一つ咳払いをして話を切り出した。


「…お前、本当に17なの?」

「……は?」


いつもだらだらしている男がいきなり真面目になって何を話すのかと思いきや、拍子抜けするほどどうでもいい話だった。
もっと答えずらい質問が来ると身構えていた真姫は、その言葉に頭が付いていかず寝返りを打って銀時を見た。
そこには、死んだ目のままでじっとを見る銀時が。
その目線に一瞬たじろくが、特にそらす必要もないかと思い直して銀時の目を見ながら肯定した。


「…まぁ、そうだよ?でも何で?」

「お前、この前言ってただろ?17だから薬は6粒飲まなきゃいけねェって。」

「あぁ…言ったことは言ったけど……」


確かに、一週間前に賞味期限切れの牛乳を飲んで腹を下した真姫が、薬を出しながら新八にそう説明した。

だが、それがどうかしたのだろうか?


「お前、誕生日いつ?」

「たんじょうび…?」


時間的に眠くなってきたのか、軽く寝ぼけてきている頭で飛躍する話を追いながら、銀時に言われたことを反復する。

この男は、本当に何の話をしたいのだ?

それが分からない真姫は、銀時の問いに答えることをしないで逆に質問することにした。


「……何が言いたいの?」


他にも質問の仕方はいくらでもあっただろうが、今の真姫はこれしか思い浮かばなかった。
それと同時に襲い来る不安感と焦燥感。
今まで死んだ魚の目をしていた銀時の目の奥に、別のものが宿ったような力強い光を直に感じてしまったからこそ出た感情なのかもしれないが。


「………お前、俺とどこかで会ったことねェか?」


真夜中の耳鳴りがしそうな静かな夜に、銀時の含みを持った問いが空気に溶けて消えていく。
その問いは、嫌というほど真姫の耳に届いていたし、それに気づいている銀時もそれ以上口を開くことはしなかった。
お互い何も発しない空間で、カチコチと時計の秒針のみが音を立てている。


「……………寝ぼけてんの?」


いつまでも続くと思われた沈黙は、真姫の呆れたような答えにより終わりを告げた。
その声を聞いた銀時が、片眉を吊り上げて目の前にいる自分より年下の子供を見つめる。
その漆黒の瞳には何も映っていない。
今まで綺麗な光を宿していたその瞳が映すのは、いったい何の闇なのだろうか。
閉ざされた過去の闇か、先が見えない未来の闇か。


「ンなわけないじゃん。あたしは半年前に定春に食べられたところを神楽ちゃんに助けてもらったの。その時に初めて銀さんたちに会ったんだから。」


知り合いにでも似てたの?と嘲笑した少女を黙って見ている銀時の前で、淡々と言葉を発した少女は一つ伸びをすると銀時と共同で使っている目覚まし時計を見て、げっ!と声を上げた。


「もう、12時過ぎてるんじゃん…。明日も朝練あるんだよねぇ…あたし、もう寝るね!」


銀時の答えを待たずに勝手に話を打ち切った真姫は、欠伸をしながら寝返りを打ち毛布を被り直して銀時から顔を背けた。


「あぁ…お休み。」


銀時のその言葉と共に、もぞもぞと衣擦れの音が聞こえたと同時に真姫の頭に手が置かれた。
その手が暖かいな。と思ったのとほぼ同時に、真姫は睡魔に夢の世界へと誘い込まれていった。
起きたら待っているであろう自分の大仕事の使命感と共に…。



















「…………知り合いに似てるどころじゃねェんだよ。そっくりなんだよ。この髪も、その目も。……でも、俺だってそんなことあるはずがねェってわかってんだ。」


すー、すー、と本格的に寝息を立て始めた真姫の頭を撫でながら、銀時がポツリと呟いた言葉は誰の耳に届くこともなく静かに消えていく。


「お前はお前だ………そんな事、分かってんだよ俺ァ。」


自分とは違うサラサラの髪を指で梳きながら、悲しみを帯びた紅い眼を細くして自嘲気味に笑う自分がひどく滑稽に思えて小さくため息を付いた。


「………‘真姫’…。」


いつも呼んでいる名前が、今日に限って銀時に重い響きをもたらせたのを知る者は、一人としていなかった。


.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ