〜pray〜

□〜第一章〜 なんか起こるまえってたいてい静か。
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その日は、いつもよりどこか変だった。



アイドルオタクで、ツッコミ専門のメガネこと、志村新八は、いつもはないケーキを片手に出勤してきた。


「…にしても珍しいですね。銀さんがこんな朝早くから起きてるなんて。」


新八が、左のソファーに寝っ転がっている銀髪の人に話しかけた。


時刻は、もう既に8時。

子供たちは寺小屋に行く時間だが、そんな騒がしさもこの男には無力でいつも昼まで、いやそれ以降も寝ている事もしばしば。
そんな男が今、目をぱっちり開けているのだ。
その言葉に、糖分の固まりでできた銀髪の侍、坂田銀時は「あー…」と言いながら頭をガシガシと掻きだした。
その様子を見た新八は、銀時の不機嫌オーラを感じてケーキをリビングのテーブルに置くと、銀時と向かい合わせになるように右側のソファーに座った。


「あ、もしかして二日酔いですか?」

「いや、それがさ、今日はぜっんぜん大丈夫なの!」


新八が、いつものことでしょ?という言い方をしていただけ、今の銀時の即答の否定に驚いた。


「えっ!昨日あんなに飲んだのに!?」

「うん、あんなに飲んだのにっ!!」


新八は、昨日見た銀時の様子と目の前にいる銀時を見比べてしまう。
昨日、家に帰ろうと新八が玄関に足を向けたのと同時に、まっすぐ歩くこともままならない銀時が、腐れ縁でつながっている万年無職、長谷川に連れられて帰宅してきたのだ。
お茶を出し話を聞くと、どうやら一緒に何軒もの屋台をハシゴしていたらしい。
話を聞いた新八は、長谷川に礼を言い玄関まで見送ると、銀時の布団を敷いてその上に銀時を寝かしてから帰った。


「何ででしょうね?」

「あれじゃね?昨日のは全てお前の妄想だったんだよ!」


そうやって1人納得してる銀時に、新八は手痛いツッコミをする。


「いや、そんな訳ないでしょ。じゃあ、昨日の僕のあの力仕事は何だったんですか!?」

「新八く〜ん!大人になるためには、そーゆー見えない努力が必要なんだよ?」

「いや、そんな徒労いりませんよ。」

「いや、そーゆーのは自然に自分に降りかかってくるもんなんだって!いるとかいらないとかの次元超えてるから!」

「おめーの頭の方が、次元超えてるわ!」


ばんっ、とテーブルを叩いて身を乗り出す新八を眺めながら、銀時はぽつりと呟いた。


「ったくよぉ、発情期ですかこのヤロー。俺だってなぁ、二日酔いじゃねーけど、神楽のせいで朝からご機嫌ななめなんだぞ」


テーブル越しに銀時に抗議をしていた新八は、その言葉に素早く反応した。


「え、神楽ちゃん?そういえば、姿が見えませんね。」


新八がソファーに座り直し、部屋の中を見渡すが、それらしいチャイナ娘を見つけられなかった。
まだ寝ているのかと押し入れも見たが、勢いよく開けられた襖を見る限り、それはなさそうだ。


「マジでありえねーよ、あいつ」


そう言って銀時が話した内容はこうだ。

大食いチャイナ娘の神楽は、テレビの影響からか朝起きた瞬間に、異常に大きい飼い犬の定春の散歩に繰り出していった。
だが、定春も眠かったのか、寝ぼけたまま銀時が寝ていた襖を思いっきり破り、銀時は腕の所に切り傷を作ったのだとか。


見れば、腕には包帯を巻いている。


「ひどくね!?あんなでかいのに押しつぶされたら、みんなのヒーローの俺でも死んじゃうからね!?」

「いや、ヒーローじゃないけどね。ただのダメなおっさんだけどね。」


涙ぐむ銀時を見ながら、新八は冷静にツッコミんだ。


「でも、危ないですね。僕だって遭遇したくありません。」

「だろ?俺の気持ちも分からない訳じゃないだろ?だから、神楽が帰ってきたらこう、びしっと「銀ちゃん!落とし物見つけたネ!」


思い出してて腹が立ってきた銀時が、新八に前のめりになって力説をしている最中に、その話の本人が帰ってきてしまった。


「うわあぁぁぁ!」


それにびっくりしたのは、当然ながらも神楽を目の敵にしていた銀時。


「何なのネ!びっくりしたアル」


チャイナ服をきたお団子頭の少女、神楽は銀時の不審な行動に首を傾げた。


「あ、あぁお帰り。神楽ちゃん。」

「あぁ、新八ィ、おまえも来てたアルか。」


多少なりとも驚いたのかビクビクと神楽に話しかける新八に、今気づいたのか新八に目を向ける。


「何かあったアルか?」

「いやいや、何もないよ!それより、落とし物ってなに?」


新八が努めて話を本題に戻すと、あ!と声を出し外の方に戻っていった。
どうやら、落とし物とやらは外に置いてきたらしい。
神楽がトテトテと外に出て行くと、万事屋はいきなり静かになった。
それを良いことに、新八が銀時の横に移動し、顔を近づけてさっきの話の続きになる。


「ちょっと、銀さん!神楽ちゃんが帰ってきたらビシッとなんか言うんじゃなかったんですか?」

「いや、誰もそんなこと言ってませんよ?銀さんは、神楽が帰ってきたらビシッと朝ご飯を食べさせてやろうかと」

「んなもん、一人でも出来るわぁ!過保護すぎんだろーが!」

「うっせーんだよ、お前!ご近所さんの迷惑だろーが!」

「お前ら、両方ともうるせーヨ。」


いつの間に戻ってきたのか、神楽が二人の後ろに突っ立っていた。

口の中には酢昆布が。


「ぎゃぁぁぁっ!いつからいたの!?」

「さっきからいたヨ。そーやって男はレディーがいないの良いことに、あはんうふんの話で盛り上がるネ。しばらく近寄らないで、汚い」

「ちょっとぉぉ!違うから、そんなんじゃないから、神楽ちゃん!ねぇ、銀さん?」

「そーだぞ!神楽、こいつはそーいうやつかもしれないけど、俺は違うぞ!」

「うわ!人売った!大人としてあり得ないから!ってか、そんな話してないし!」

「新八ィ、隠さなくていいヨ。私知ってるアル」

「ひどくない!?何、これ?泣いていい!?」


半ば本気で泣きそうになった新八が、ふと神楽の手に持っている物を見て行動が止まった。


「か…神楽ちゃん、何持ってるの?それ…」


神楽の右手にはいつも常備している見慣れた酢昆布。

そして、左手には…ぴくりとも動かない、泥だらけの人間。

それを見た瞬間、新八の顔から血の気が引いた。
銀時が、どした?といいながら、神楽の手を覗き込む。












時が、止まった。














「「ぎぃゃぁぁぁぁぁ…!!」」








二人分の悲鳴が、朝の万事屋に響き渡った。









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