九龍學園記

□彼方の空
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『間もなく、インド洋上空にさしかかります』

晴天に浮かぶ機内にアナウンスが流れると、夏の暑さを残す日射しに身じろぎして青年がうっすらと瞼を持ち上げた。

「目が覚めたかね?よく眠っていたようだが…、気分はどうだね?診察もほどほどで熟睡してしまったからな。次は日本での依頼かね?」

起き抜けでぼんやりしたままの青年に、眼鏡をかけた太った老医師がコーヒーを飲みながら問いかけた。

「あー……、先生おはよう。ふぁ…。今回は休暇なんですよ」

大きなあくびと共に伸びをひとつした彼は窓の外に目をやり少し眩しそうに細めると、口許を緩めた。

「日本、か」

そう言えばーー

体を起こしながら先程のやり取りに記憶が重なりどこか嬉しそうに微笑んだ。
あれは忘れようもない、思い出。

「それにしても、新米だったお前さんもすっかり立派になったもんだ。今回もなかなかハードな依頼だったそうだな」
「あれから随分経ってるんだからもう遺跡で遭難しませんよ」
エジプトでの初仕事で遭難しかかるという過去の自分につい苦笑してしまう。
あの時も今と同じ様に日本行きの機内で目覚めこの老人に診察されたっけ。
机上カレンダーは9月になっている。

懐かしい。

硝煙と土埃の匂いにーー

ラベンダー。

校舎の屋上から眺めた夕焼けの空。

滞在期間は僅かだったのに鮮やかに甦る日々。

目前の卒業式を待たず、まして誰にも告げずあの場所、『天香学園高等学校』を後にしたことを同じ時を過ごした彼らは怒っているだろうか。

真実を共に追う事で繋がった心は、深ければ深いほど寂しさが溢れた。
それでも新たな《秘宝》を求めて足は止められない。
それが、自分で進むと決めた道なのだから。

思わずノスタルジックな感情になってしまったのを夏の終わりの 所為にして、再び外に視線を移した時、放り出したままの上着からピアノの音色が流れた。

「ん?この曲は……」
「最近人気のピアニストの曲ですね。名前は確か……」

カーテンを開けてやって来た少し性格のきつそうな看護師が答える。
「すいません。オレのH.A.N.Tだ」
慌てて青年は目当ての物を上着のポケットから探し起動させると、その内容を確認して溜め息と肩を落とした。

「新しい依頼かね」
「こちらにも書類の送信がきました、先生」

僅かに慌ただしくなった機内に青年は少しだけ残念そうに笑った。

ーー。

「さて、これであとは協会が手続きをしてくれる」
「ありがとうございました」
身仕度を整えながら青年が答える。
「せっかくの休暇だったのに残念じゃの」
「いえ」
顔をあげたその目はすでに、まだ見ぬ《秘宝》に心踊らせるあの頃と変わらないものだった。
「《秘宝》があるならオレは何処にでも行きますよ。だってー」

それが《宝探し屋》だから。

「命を落とさんようにな。 お前さんに《秘宝》の加護があらん事を」

屈託のない笑顔で青年は大きく頷いた。






















             
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