お題『空は繋がってるよ』より創作。九龍で。
重い鉄の扉を開けると、冷たい風が髪を乱していく。
屋上は、それでも穏やかな太陽がほんのりと気持ちを温かくさせるような日差しで満たされていた。
こんな風に空を見上げるなんて、あの頃の僕では考えられなかった。
そう、闇に囚われて動けなくなっていた僕には眩しすぎて。
どこにも行き場所のなかった僕を陽の当たる場所へと連れ出してくれた、彼は今、この場所に居ない。
広い世界が似合う彼は、いつまでもひとつの場所に留まっては居ないだろうと思っていたけど、こんな急に――。
「珍しいな。取手」
「皆守くん」
かけられた声に視線を移すと相変わらずやる気がなさそうに、ラベンダーを燻らす姿があった。
それは確かに変わらないけれど、その隣にいつも在った存在がない現実を突きつけられた気がした。
「最近、保健室に来なくなったね」
「瑞麗がうるさいからな。それに八千穂の奴まで人が寝てたら邪魔しやがるし」
「ふふ、サボってちゃダメだよ」
「んだよ、お前までそんな事言うのかよ。ったく」
頭を掻きながらそっぽを向く皆守くんにくすくすと笑う。
保健室で顔を合わせる程度だった僕たちが笑って話をするようになんて。
「…アイツ――」
不意にポツリと呟いた皆守くんが視線を落として続ける。
「何か言ってなかったか」
毎日、そこに居た彼の――、九ちゃんの面影を二人だけの屋上に浮かべる。
突然僕たちの前から居なくなってしまった九ちゃんは、それでもすごく彼らしくて。
だけど僕たちは、さよならもありがとうも告げられないまま残されて。
ぽっかりと胸に穴が開いたような寂しさを、思い出とこれから進むべき道への不安と期待で埋めながら日々を過ごしていた。
「僕は何も」
「…そうか」
俯くその表情は見えないけど、声色に寂しさの混じる皆守くんから僕は再び空へと顔を上げた。
「いつだったか忘れたけど」
そう、いつも前を向いてた君が言ってた言葉。
「どんなに離れてても、この空はどこまでもつながってるよ」
あの時見上げた空も今日と同じように青くて。
「だからどこに居ても同じ空の下に居るからって」
九ちゃんと見上げたように、今は皆守くんと春を待つ空を見上げている。
君がつなげてくれたから、僕はこうしてここに居られるんだよ。
「ったく、アイツらしいな」
「うん」
二人で小さく笑えば、風が優しく頬を撫でていった。
ねぇ、僕たちはちゃんと歩き出せてるよ。君が全てを壊してくれたから。
いつかまた会えた時には笑顔でいられるようがんばるから。
だから、きっと―――。