長編小説

□非レンアイ結婚
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「ねぇ、ケッコンしてくれない?」


―――唐突に、そう言われた。

何て答えればいいのか、その言葉の意味を理解した瞬間、頭の中はパニックに陥る。
湯気が出そうなくらい真っ赤になった私に、リョーマ君は顔色を変えずに言った。


「ねえ。いいの? ダメなの?」



レンアイ結婚  -1-



世界を目指すために、アメリカに行ったリョーマ君。
あれは、中学1年生のときだった。
心も体もまだ幼くて、リョーマ君に対する気持ちも、憧れなのか恋愛感情なのかわからないでいた。

でも、今ならわかる。

あの日から、私は随分成長したと思う。
それもそのはず、リョーマ君とお別れしてから、もうすぐ5年目が経とうとしていた。


「竜崎さんっ、早くボール拾って!!」

「っ、ハイ!! すみません!」


竜崎桜乃、高校2年生。
青春学園のエスカレーターを辞退して、この女子高に通い始めて2年と半年。
親友の朋ちゃんとは離れちゃったけど、でも私はこうして何とか充実した高校生活を送っていた。
女子テニス部に所属して2年。
私は未だにボール拾い。
今年入った1年生は、今は先輩や同級生と練習している。

―――私も、そのコートに入りたい。


「竜崎さんっ! 真面目にやってるの?!」

「は、はいっ!! すみません!!」


私の足も、腕も2本ずつ。
そんなに早くあちこち拾いに行けないし、少しの時間で拾えるボールの数も限られてくる。
もちろん、遅いのは私がのろまだっていう理由もあるけれど、でもそれだけじゃない。
女子テニス部の面々は、何やら私を疎ましく思っているようだった。
入部した時は、それはそれはみんなと同様に可愛がられたものだった。
ヘマをしても笑って許してくれたし、下手くそな私に熱心に教えてくれもした。
けれど、ある日突然、みんなの私を見る目が険しくなった。
その理由は未だによくわからないのだけど、私は完全に部内で孤立した。
そしてその日から、ラケットを持ってボールを打つことを禁止された。
ずっと、みんなの練習を見ているだけ。
ただ見ているだけじゃない、あちこちに転がったボールを拾いながら。
顧問の先生はというと、専らの放任主義。
入部した時は男の先生で、結構カッコいいって噂されていたんだけど、都合で辞めたか何かして、
その後来た新任の女の先生が顧問になった。
前の顧問の先生は毎日部活に来て指導してくれたけど、今の顧問の先生はときどき顔を見せに来るだけ。
ここの女子テニス部は結構強くて、過去に何度か地区大会で優勝している。
でも最近は、指導する人がいないせいか、成績は下がりがち。
予選で敗退することは珍しくなくなってきたみたい。
それでも、何人かは個人でいいところまでいっている。
その人達がいるからこそ、この女子テニス部はそこそこの実力を保てているんだと思う。
できれば私も、あの練習の中に入りたい。
こうも毎日毎日ボール拾いだと、腰も痛くなるし、何故自分はここにいるのだろうと疑問も湧いてくる。
とはいっても、私はテニスが好きだから、辞めようなんて思えない。
私だって、毎日ボール拾ってばっかりいるわけじゃない。
お家で時々お祖母ちゃんに指導してもらいながら練習したり、
休みの日は朋ちゃんと近所のテニスコートで打ち合ったりもしている。
朋ちゃんはいつも私を心配してくれて、


「いじめられてない?」


とか、


「高校楽しんでる? 桜乃」


と聞いてきてくれる。
私はいつも決まって、


「大丈夫だよ」


とか、


「うん。この間、友達と○○したんだよ」


とか、当たり障りのない話をしている。
朋ちゃんにこれ以上心配させたくないもの。
テニス部で孤立してる。なんて言ったら、朋ちゃん、うちの高校に乗り込んできかねないもんね。

日が暮れてきて、ようやく部活が終わった。
コートの後片付けは、もちろん私。
まるでマネージャーみたい。
ううん、マネージャーよりもっとひどい。
雑用係?
うん、その通りかも。
だけど、片付けることは嫌いじゃない。
これも練習のうち。


「ちょっと竜崎さん? 早く片付けてよ、私達帰れないじゃない」


もうすぐ引退する3年生が、フェンス越しに苛立ちをぶつけた。


「あっ、はい!」


いくつになっても動きののろい私は、慌てて返事をする。


「竜崎さんのせいで、もう5分も待ってるんだけど」


制服に着替えた部員達が、私を見ている。


「あ、あの、もうすぐ終わりますから、先に帰ってて下さい」

「あらそう。じゃあ顧問の先生に部活終わりましたって言っといてね」


私の言葉に、あっさりと校門へ向かう部員達。
ぽつんとひとり取り残された私は、どこかで鳴いているカラスの声を聞いた。
しばらくぼうっとして、はっと気づく。


「あ! 早く片付けなくっちゃ!!」


ぼんやりしている場合じゃない、まだ1つ分のコートも掃除が終わってない。
急がなくては、あまり遅いと顧問の先生が来てしまう。
私1人が後片付けをしているなんて知れたら、後が怖い。
ボール拾いと掃除だけじゃ済まされないかも…。
想像してひやひやしながら、私は出来る限り手早く後片付けを済ませた。


「あの、部活終わりました」


部室で着替えた後、職員室に寄って言われた通り顧問の先生に報告する。


「今日は遅かったじゃない」


何気ない質問なのだろうけれど、小心者の私はドキリとした。


「あ、ええと、ちょっと自主練習をしていて…」


咄嗟に出た嘘。
私が自主練習をしていたからって、部活終了の報告が遅れるのはおかしい。
突っ込まれやしないかとひやひやしていたけれど、先生は特に気にしていないようだった。


「ふうん。頑張るのもいいけど、あんまり遅くまで練習しちゃダメよ。暗くなったら危ないんだから」

「あ、はい。すみません…」

「じゃ、お疲れ様。今度からは、部活が終わった時点で報告しに来てね。自主練習の許可も取って」

「あ、はい! すみませんでした。…失礼します」

「はい、お疲れ」


ちょっと叱られちゃったけど、でも今日もひとまず無事に終了。
だけど明日からはもっと早く後片付けしなくちゃいけなくなっちゃった。
どうしよう…。
ぼうっとしないで、練習が終わったらすぐ気を引きしめて後片付けしよう。
うん、そうしよう!
私は小さな決意をして、自信をつけるためにガッツポーズをする。
校門まで歩いて行くと、門に寄りかかる人影が見えた。
この高校の制服じゃない。
だって、スカートじゃないし、同じく部活を終えて帰る生徒達が、その人をちらちら見てはしゃいでいる。
普通だったら、同じ学校の生徒にあんなに騒がないよね…?
女の子同士だし…。
それにあの人、スカートはいてないし…。
両手をポケットに突っ込む姿も、その体形も、男の人そのものだった。
背が高くて、すらりとしてて、まっすぐな髪は青緑っぽい色をしている。


(あの人、髪の色リョーマ君に似てるかも…)


5年近く経っても、未だに思い出せるリョーマ君の姿。
まだ、私の心にはリョーマ君がいる。
忘れることなんてできない。
彼はもう、私のことなんて忘れてしまっているだろうけれど。


(そういえば、リョーマ君元気かな…。いま何しているんだろう)


リョーマ君がアメリカに渡って、全米チャンピオンになった後、彼はプロテニスプレイヤーになった。
時々テニスの試合がテレビで流れるし、雑誌に載ることもある。
私は毎週テニス関連の雑誌をチェックして、どんなに小さくてもリョーマ君の姿があれば買っている。
テレビに映った時だって、実は全部録画してる。
…なんて未練がましいんだろう。
自分でも呆れちゃうくらい。
だけど、届かないってわかっているけれど、それでもリョーマ君を忘れるなんてできない。
きっと、私の中からリョーマ君が消えることはない。
リョーマ君は私の初恋の人で、今でも、恋しい人…。


(あーあ。何してるんだろう私。きっとリョーマ君には、もう素敵な彼女がいるよ。
なのに。どうしても諦められないなんて、バカな桜乃)


どんなに痛い目を見ても、どんなに傷ついても、きっと諦めきれない。
そう自分で確信できるほど、この想いは強かった。


(あーあ。呆れちゃうよね。)


くすくすと自分自身に苦笑いする。
そしてはあ、と溜息を吐くと、聞きなれない声がした。


「なにひとりで落ち込んでんの」


え、と声を上げて声のした方を振り向く。
まさにその人の前を通り過ぎようとしていた所で、正面に立つ一歩手前のところで私は立ち止まっていた。
ふいに、その人が顔を上げる。
私が驚くのを見て、その人は、不敵に笑った。


「リョ、リョーマ君…」



つづく

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