拍手小説

□素直じゃない人
1ページ/1ページ



水飲み場。
部活の休憩時間に桜乃が喉を潤しに行くと、どうやら男子テニス部も休憩時間らしく、リョーマが水を飲んでいた。
蛇口を閉めて、濡れた口元を腕で拭う。
そして気配を感じていたのか、桜乃の方を振り向いた。

「なに」

どうやら、無意識にじっとリョーマを見つめてしまっていたらしい。
言われて気づいた桜乃は、頬を赤く染めてあたふたした。

「え、ええと、その、り、リョーマ君も休憩なの?」

「さぼってるように見えるの?」

「え?! あの、いや、そういうわけじゃ…」

いつものようにやり込められて、それ以上会話が続かない。
その後に流れる沈黙は、桜乃にとっては少々気まずい。
リョーマはじっと桜乃を見る。
しかしすぐに視線を逸らした。

「アンタも、さぼりじゃないみたいだね」

「え?」

「汗」

「あ、あせ?」

「ん。髪の毛、顔に張り付いてるから」

言われて、桜乃は慌てて髪を整えた。
いったいどんな姿をしていたのか、想像して恥ずかしくなる。

(うわーん、リョーマ君に変なところ見られちゃったよう)

好きな人の前では、いつでも可愛くいたいと思うのが乙女心というもので。
顔を真っ赤にして、うつむいた。

「がんばってんじゃん」

リョーマの一言に、顔を上げる。

「今度、どれだけ上達したか見てあげるよ」

桜乃は、リョーマの言葉を頭の中で反芻し、僅かに遅れてその意味を理解した。
ぱっと表情を明るくして、嬉しそうに微笑む。

「うん…!」

「………」

リョーマはそんな桜乃の反応に驚いた様子を見せ、そして帽子のつばをぐいと下げて、踵を返した。

「まだまだだね」

その言葉は、誰に向けられたものなのか。
背を向けたリョーマの頬がすこし赤くなっていたことを、桜乃は知らない。


END



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ