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□素直じゃない人
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水飲み場。
部活の休憩時間に桜乃が喉を潤しに行くと、どうやら男子テニス部も休憩時間らしく、リョーマが水を飲んでいた。
蛇口を閉めて、濡れた口元を腕で拭う。
そして気配を感じていたのか、桜乃の方を振り向いた。
「なに」
どうやら、無意識にじっとリョーマを見つめてしまっていたらしい。
言われて気づいた桜乃は、頬を赤く染めてあたふたした。
「え、ええと、その、り、リョーマ君も休憩なの?」
「さぼってるように見えるの?」
「え?! あの、いや、そういうわけじゃ…」
いつものようにやり込められて、それ以上会話が続かない。
その後に流れる沈黙は、桜乃にとっては少々気まずい。
リョーマはじっと桜乃を見る。
しかしすぐに視線を逸らした。
「アンタも、さぼりじゃないみたいだね」
「え?」
「汗」
「あ、あせ?」
「ん。髪の毛、顔に張り付いてるから」
言われて、桜乃は慌てて髪を整えた。
いったいどんな姿をしていたのか、想像して恥ずかしくなる。
(うわーん、リョーマ君に変なところ見られちゃったよう)
好きな人の前では、いつでも可愛くいたいと思うのが乙女心というもので。
顔を真っ赤にして、うつむいた。
「がんばってんじゃん」
リョーマの一言に、顔を上げる。
「今度、どれだけ上達したか見てあげるよ」
桜乃は、リョーマの言葉を頭の中で反芻し、僅かに遅れてその意味を理解した。
ぱっと表情を明るくして、嬉しそうに微笑む。
「うん…!」
「………」
リョーマはそんな桜乃の反応に驚いた様子を見せ、そして帽子のつばをぐいと下げて、踵を返した。
「まだまだだね」
その言葉は、誰に向けられたものなのか。
背を向けたリョーマの頬がすこし赤くなっていたことを、桜乃は知らない。
END