短編小説
□Oh,my hair!
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――その髪、邪魔じゃない?
その、何気ない一言が、桜乃の心に深く食い込んだ。
Oh,my hair!
日曜日。
桜乃は一大決心をして、美容室の扉を開いた。
「いらっしゃいませぇ」
ショートカットのお姉さんが、にこやかな笑顔で迎えてくれる。
少し待たされた後、担当の美容師さんがやってきた。
挨拶をして、髪を洗って、席に案内された。
「切るって、どのくらい切る?」
雑誌が広げられ、いま流行りのヘアスタイルをいくつか紹介される。
けれど桜乃の意志は決まっていた。
「セミショートに、してください」
震える声で、桜乃はハッキリと、そう告げた。
**
翌日、学校へ行くと朋香に一瞬わかってもらえなかった。
クラスメイトも、先生も、桜乃だと知ると一様に目を丸くした。
「あの竜崎(さん)が髪を切った!」
その事情は、すぐに噂として流れた。
朋香は、相談もなしに切ったことを憤慨した。
けれどそれも長くは続かず、桜乃が何度も繰り返すごめんねの言葉に怒りはすぐに収まって、今度は長かった髪を誰よりも名残惜しんだ。
「あーあ、せっかく綺麗なロングだったのに…」
そう言って、親友の肩まで短くなった髪を見つめて悲しそうな顔をした。
「でも、それもすごく可愛いわ」
その反面、桜乃のいまの髪型はとてもよく似合っていた。
今はまだ長いみつあみのイメージが強くて変な心地がするが、きっと短い髪の桜乃もすぐに定着するだろう。
「なーんか、垢抜けて見えるのよねえ。大人っぽくなった。ちょっとパーマもかけた?」
「うん、美容師さんがそうした方がいいよって言うから…」
変かな?と不安げに尋ねる桜乃に、朋香は首を振った。
「かなりイケてる」
言うと同時に、ぐっと親指を立てて見せる。
真剣な表情とは不釣り合いな動作に、桜乃は小さく吹き出して笑った。
「こりゃあ虫避けが大変ね…」
朋香がぽそりと呟いた言葉に、最近蚊が増えてきたもんね、と桜乃は検討違いな心配を始めた。