短編小説

□あなたのためを思うからこそ
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あなたのためを思うからこそ



僅かな休憩時間。
リョーマは水飲み場に向かう途中、変なインパクト音に足を止めた。

「…」

音のする方へ行ってみると、案の定、長いみつあみの少女が壁打ちに悪戦苦闘していた。

「…っと、あっ!」

懸命に打ち返したボールが壁に当たり、勢いづいて明後日の方へ飛んでいく。
それは、リョーマの足元に転がってきた。

「何やってんの」

声をかけると、落ち込んでいた背中が緊張した。

「あっ、リョ、リョーマ君!」

さっと頬に朱が差す。
きっと今の自分を見られたことを恥ずかしく思っているのだろう。

「アンタ、いつまで経っても進歩ナシだね」

リョーマの強烈な言葉に、桜乃は大きな石を頭の上に落とされたような衝撃を受けた。
その顔は、ショックで乱れている。
そう言われても仕方がないと思っているだけに、弁明も出てこない。

「ヒザ伸びすぎ、ヒジ曲げすぎ。前に言ったこと覚えてない?」

怒っているようなリョーマに、桜乃はしゅんとなった。

「お、覚えてます…」

「アンタ、全然直ってないよ。確かに前と比べれば少しは良くなったかも知れないけど」

溜め息混じりの声が余計に桜乃を追い詰める。
桜乃は情けなく思って、がっくりと肩を落とした。

「ごめんなさい…」

「謝るんなら、直すよう努力しなよ」

リョーマの厳しい言葉が、桜乃に突き刺さる。
じわり、と涙が込み上げた。

「そ、だよね…ごめん…」

視界が歪む。
次に瞬きをしたら、零れ落ちてしまうかも知れない。

早く行って。
早く、練習に戻って。
早くここから、いなくなって。


そうじゃないと。


この涙を、見られてしまう。
もっと、惨めな姿を晒すことになる。
だから早く。
早く。
今すぐに。

「リョ、リョーマ君、もう戻ったら…?」

「え…」

「もうすぐ、休憩時間終わっちゃうよ」

俯いたまま話す桜乃を、リョーマは驚いた顔で見ていた。
それは、遠回しの拒絶。

「早く、行ったほうがいいよ」


怒られちゃうから。


桜乃の言葉のひとつひとつが、矢のようにリョーマに突き刺さる。
まるで足が凍りついたように、リョーマはその場から動けなかった。


ここでコートに戻ってはいけない。


本能的に、そう感じた。
けれど、俯く桜乃にかける言葉は、どんなに考えても思い浮かばなかった。




end
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