短編小説

□ケガのコウミョウ
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ケガのコウミョウ





危ない!と声が聞こえて、振り返ったところで衝撃がきた。
何かが頭にぶつかり、そして同時に粉っぽい、と思った。
白い煙が舞い上がり、ごほごほと噎せ込む。
石灰特有の臭いが鼻にまとわりつく。

「ごめん! 大丈夫?」

すぐさま桜乃の傍に駆け寄ってくる男子。
どうやら彼が黒板消しを投げたらしい。
おろおろしながら、粉を払ってよいものかと躊躇している。
桜乃は大丈夫、と微笑んだが、咳が込み上げて表情は歪んだ。
黒板消しで遊んでいた他の男子も、大丈夫かと近寄ってくる。
心配そうにこちらを見る彼らに大丈夫なことを示したいが、いかんせん咳が止まらない。
苦しくて涙が出てきた。
彼らは困ったように桜乃を見ていることしかできない。
そのとき、背中から声がして、男子達は振り返った。

「ねえ、通れないんだけど」

いつの間にか桜乃の周りを4、5人の男子が取り囲み、廊下をほぼ封鎖していた。
それに加えて、何だ何だと騒ぎを見物しようとするギャラリーもいた。
うっとおしそうに睨みつけてくる鋭い目付きに、彼らは思わずそこをのいて道を開けた。
しかし、その先には咳込む桜乃がいる。
彼らだけどけても無駄だったのだが、意外にも彼は驚いた顔をした。

「何してんの?」

どうやら何が起きていたのか知らなかったらしい。
桜乃の姿を目にして、彼はもうどけとは言わなかった。
歩み寄って、躊躇なく左手を伸ばす。

「真っ白じゃん」

そう言って、桜乃の髪や肩についたチョークの粉をほろっていく。

「リョ、リョ…マく…」

ごほごほと咳込みながら、涙目で彼を見上げる。
その表情はどこか怒っているように見えた。

「なにコレ。いじめ?」

ひとり言にも聞こえるそれに、ぶんぶんと首を振る。
粉が少し舞った。

「だったら何でチョークまみれなわけ?」

桜乃は説明しようと顔を上げた。
しかし、またすぐに咳込む。
はあ、とリョーマは溜め息をついた。

「しょーがないね」

そう呟くと、彼は桜乃の後頭部に手をかけて引き寄せた。

「!」

(!!)

その場にいたリョーマ以外の全員が、衝撃を受けた。

「んっ…んむ」

それは単なるキスではなく、リョーマの舌が躊躇いなく桜乃の口内へ侵入してくる。
しつこいくらいに舌で掻き回すと、リョーマはすっと体を離した。
目をぎゅっとつむっていた桜乃は、温もりが離れて目を開けた。
そして顔をこれ以上ないくらいに真っ赤にして声を張り上げた。

「リョ、リョ、リョ…!!」

「咳、止まった?」

「え? あ、う、うん…」

「うえっ、マズっ」

どうやらさっきのキスでチョークの粉が口に入ったらしい。
口の中に広がる殺人的な味に吐きそうになりながらも顔をしかめるだけに留める。

「リョ、リョーマくん!!」

そんなリョーマの様子をぼうっと眺めていた桜乃だったが、はっと我に返ると怒ったように名前を呼んだ。

「なに」

相変わらず顔をしかめながら、しれっとして答える。

「なに、じゃないよ! なんで、き、き、き…!!」

「キスしたって?」

「そう!!」

真っ赤になりながら、恥ずかしさに潤んだ目でリョーマを睨みつける。
しかし、リョーマは少しも堪えた様子もなく、きょとんとして桜乃を見つめる。
首を傾げてはいないが、何かを考え込んでいるようだ。
見つめられて、桜乃は更に赤くなった。

「リ、リョーマくん?」

こちらを見るだけで何も答えようとしないリョーマを怪訝に思い、桜乃はもう一度名前を呼んでみた。
すると、僅かな間の後、リョーマは口を開いた。

「…なんでだろーね。 したくなったからじゃない?」

「…へ?」

「あんた苦しそうだったし。 こうすれば咳止まるかなと思ったんだけど」

よくわかんない。と続けるリョーマに唖然とする桜乃。
とりあえず、あとは鏡見てなんとかしなよ。
そう言うと、リョーマはすたすたと何事もなかったかのように桜乃の脇を通り過ぎて行った。
リョーマのあまりに傍若無人な振る舞いに、桜乃は呆然とする。
桜乃だけじゃない、それを目撃した生徒達も反応に困って固まっていた。
その後、桜乃の親友である朋ちゃんがそこに現れて声をかけるまで、その場は一時停止したままだった。


END


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