戦国無双Chronicle小説

□嘘吐き道化師の涙
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いっそのこと嫌いになれたら、なんて馬鹿みたいな事を思っては、そんなこと、出来やしないくせに、と自嘲する自分がいた。





「貴女は、本当にお強いですね。」


にこり、と穏やかな笑みは、くのいち、自分に向けられた物ではない、彼の視線の先には、歴戦の勇士と名高い女、勿論、くのいちにとっても顔見知りの人間だ。
先程まで、幸村と手合わせしていた彼女は、額に流れ出た汗を手拭いで拭いながら、私なんてまだまだだよ、と苦笑しながら、何処か和やかで。
それを見て、心臓がとくりと高鳴った。



「………っ、」


感情なんて、捨ててしまえたら良いのに。

幸村様が彼女に優しく笑う度に、胸が疼き、ざわめき立つ。
私は、飽くまで幸村様の影であり、隣を歩いてはいけない存在、そう言い聞かせて、自分の気持ちに、幸村様に寄せる慕情に蓋をして、幸村様の背中を守り続けると決めたのだ。



(…ねぇ、気付いてる?)


幸村様は、貴女から送られて来る文を、大切に箱に仕舞ってるんだよ。
貴女が此処に来る度に、幸村様は、何処か嬉しそうな顔をして、貴女が此処を離れる度に、切なげな顔をしてるんだよ。

私には一度も見せたことの無い笑顔、切なげな横顔、幸村様は、きっと気付いていないけど、彼女を見つめる度に、瞳に宿した微かな灯も、全部、全部、貴女を想ってるからなんだよ。



(…ねぇ、気付いて無いなら私に頂戴。)


幸村様の傍で歩く権利を、幸村様を想って、想われる権利を。
私は貴女になりたいんだ、どんなに願っても、幸村様は、私を、くのいちを想ってくれないから。



「……ち、くのいち?」


は、とそこまで考え、声を掛けられている事に気付き、顔を上げた。
そこには、心配そうにこちらを覗き込む二人、幸村様と彼女の顔が目に入った。



「どうした、具合でも悪いのか?」

「い、いえ、大丈夫です、幸村様。」


何時ものように、笑顔で返す。
だが、二人は更に、表情を険しくさせた。



「…今日は暑いから、もう休ませたらどうだ?」

「えぇ、そうですね。…くのいち、今日は無理をしないで休んでくれ。」

「も、もう、二人して病人扱いは止めてくださいよ〜」



ほら、こんなに元気ですよ、と腕を振り回し、自分の元気さを訴える。
しかし、二人は顔を見合わせると、眉尻を下げた。



「…くのいち、私にとって、そなたは大切な人間だ、だから、あまり無理して欲しくない。」

「私にとっても、大切な友人の一人だ、どうか、無理をしないでくれ。」



(あぁ、もう本当に、)


さっきまで、胸に抱いていた、黒く渦巻いていた感情が、二人の心配そうな顔を見て、感情の底に底に沈んでいく。
幸村様が、こちらを振り向いてくれないもどかしさも、幸村様の恋慕に気付かない彼女への苛立ちも、馬鹿みたいに、あっという間に消えてしまった。



「……っ、嫌だな、お二人さん、ちょっと太陽の光に目眩がしただけですぜ、そんな優しくされたら、調子乗っちゃいますよ〜?」



いつも通り、振る舞って笑うから、そんな優しくしないで。
こんな、浅ましい感情を悟られたくないの、だから、だから。



「そうだ、噂で聞いたんですけど、美味しい大福屋さんが街に出来たらしいですよ、今度、皆で行きましょうぜ〜?」

「…私は構わないよ。幸村は?」

「そうですね、ぜひ、ご一緒させて下さい。」



にこり、と笑い合う二人に、とくり、と心臓が高鳴ったが、気付かない振りをして、二人と同じように笑う。



ねぇ、気付いてよ。
幸村様、好きなんです、誰よりも貴方の傍に、私は居たいんです。
彼女を見る時の瞳で、切なげな、慕情を宿した瞳で私を見て下さい。
そうしたら、私は貴方の傍で、その想いを受け入れましょう。

いいえ、気付かないで。
どうせ、この想いは貴方にとっては重荷だから。
だから、貴方を勝手に想って、守ることは私の役目、それだけは彼女に譲れない。


身勝手?そんなの分かってる。
だけど、貴方への想いを無くすことも、彼女を嫌いになることも出来ないの。
だって、二人共…、



「さぁさぁ、今日のおやつは、羊羹ですよ〜、早く、食べに行きましょうぜ!」


二人共、私の大切な人だから。
だから、守るよ、二人の幸せを、笑顔を、それが忍として生まれた私の役目だから。










嘘吐き道化師の涙







 

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