けいおん!

□秋の日。
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「う〜い〜…、ア〜イ〜ス〜…。」

夏もとうに過ぎ、秋めいてきた近頃。
とはいっても、朝晩以外は涼しくなったとはいえ、まだまだ暑い訳で。
…まあ、暑くなくたってアイスはオールシーズンで美味しいんだけど。
冷たい床を転がる私は、憂がご飯を作る姿を見上げて、いつものようにアイスをねだった。

「アイスはご飯の……あ。」

いつもの憂のセリフが途中で途切れる。
どうしたんだろう?そう思ってると憂はこっちを向いた。ほんの少し申し訳なさそうに。

「ごめん、お姉ちゃん。アイス、きれてるんだった。」

(ガーン!私の楽しみが!)

…でも、いっかぁ。まだご飯出来るまで時間あるもんね。

「いいよ、いいよ!私、コンビニで買ってくるからっ!」

お財布をポケットに入れて憂に笑ってみせると、やっぱり憂は申し訳なさそうにな顔をする。

「ごめんね、お姉ちゃん。すぐに暗くなるから、真っ直ぐ帰ってきてね?何かあったら電話するんだよ?」

「大丈ぶいっ!だよ!すぐ帰って来るからね!」

心配そうな憂に見送られ、私はコンビニへと向かった。




コンビニでお目当てのアイスを買って帰路に着く頃には、空は一面の橙色だった。

「ほぁ〜…、綺麗だなぁ。」

普段空を見上げる事なんてなかったからかもしれないけど、秋特有の夕焼け空に私は釘付けになった。
気がつけば、近くの公園のジャングルジムのてっぺんで空を見ていた。
子供達のさよならの声。
嬉しそうに散歩する犬の息遣い。
夕飯の支度をしながら、子供と話すお母さんの声。
涼しくなった秋風に前髪が揺れて、なんか…、上手く言い表せないけど、なんかいいなあって思った。

だけど、空の端に黒と橙のコントラストが目立ち始めて、ハッと気付いた。

「早く帰んなきゃっ!」

それともうひとつ、

「アイス!」

袋の上から触って溶け具合を確かめる。
…ぐに、ぐに。
ううー…やっぱ溶けてきちゃった。もう、家まで間に合わないよね。

「…食べちゃお、」

ジャングルジムのてっぺんから夕焼け眺めてのアイスなんて…考えようによっては凄く贅沢だよね!

「んー…おいしーっ!やっぱチョコモナカは最高…――ん?」

夕日を背に、長い影を背負って公園に駆け込む人。
頭にタオル巻いてのジャージ姿。
荒い息遣いを聞きながら、熱血少年だねぇ…なんて思いながらその人を見ていると、私の視線に気付いたのか、その人がこっちを向いた。

(あわわ…気まずいっ!)

思わず下を向いてしまった。

「…何してんだ、唯?」

…ん?この声は、

「りっちゃん!?」

頭のタオルを取り払い、汗を拭いているのは間違いなく、我らが軽音部のドラマーにして部長の、りっちゃんこと田井中律だった。




「凄いねりっちゃん!秋だから運動?」

アイス片手にジャングルジムを降りて、息を整えているりっちゃんの所へ駆け寄った。

「運動の秋だからって?ハハ、唯は食欲の秋みたいだけどなっ!」

私のアイスを指差して、りっちゃんは笑う。

「むーっ、そんなんじゃないもん!」

「アイス片手じゃ説得力ないし!」

アッハハハハ!
りっちゃんが笑うから、何だか私も可笑しくなってきて一緒に笑ってしまった。



「…で、りっちゃんは運動の秋?」

ひとしきり笑った後、私達はベンチに腰掛けた。

「いんや、秋とか関係なしだ。」

「走るの好きなの?」

「んー…好きか嫌いかだったら、割かし好きかもな。
でも毎日走るのはそんなん関係ないし。」

「ふぇっ!?毎日走ってんの!?何で!?」

マラソンが苦手な私からしたら、全く理解不能。
思った事が顔に出てたのか、りっちゃんは笑う。

「まあ、体力作りはドラマーの基本だからな。」

よっと!と、りっちゃんはベンチから腰を上げ、上体を捻ってストレッチを始める。

「最近やる曲数増えてきたろ?皆頑張ってるのに、私がへばっちゃう訳にはいかないしね。」

「りっちゃん…。」

りっちゃんは凄いなぁ。
普段は私と一緒にふざけて遊んでても、見えないとこで頑張ってるんだ。
これって、なんか…

(いつも頑張る君の横顔…って、ふわふわ時間みたい。)

そんな風に思ったからか、夕焼けに照らされて光る汗のせいか、それはわからないけど。
真剣なりっちゃんの横顔を見て、素直にカッコイイと思えた。

「…んっ?何だあ?」

「えっ!?な、何でもないっ!何でもないよー?」

自分でも気づかない内にジッと見つめていたみたいで。
りっちゃんに見つめ返されて、何だか胸がドキドキうるさくなって、おまけにほっぺたまで熱くなってきた。
…まだかろうじて夕焼けの空に感謝したい。
なんたって橙色の空で紅くなってるだろうほっぺたが隠せるからね。




その後、りっちゃんのストレッチを手伝っていたら、辺りはすっかり真っ暗になってしまっていた。
帰り道は危ないし、部長命令との事で、家までりっちゃんに送ってもらう事になった。
道中星空を指差しながら、どれが一番星か、なんて話ながら、あっと言う間に家に着いた。

「ありがとね、りっちゃん。それと、ごめんね?りっちゃん家、逆方向なのに。」

「いいって事よ!帰りのランニングはガッツリ走りたかったし!」

豪快に笑うりっちゃんの笑顔は、夜なのに太陽みたいに明るかった。

「じゃ、また明日学校でな!」

「うんっ!また明日!」

走りながら手を振るりっちゃんに、手を思いっきり振り返す。
りっちゃんの姿が見えなくなると、自分の口元が緩んでるのに気がついた。

「…りっちゃんカッコよかったなあ。」

さっきのカッコイイりっちゃんを思いだしながら家のドアを開け、中に入った。
視界に入る玄関に落ちる影。
恐る恐る視線を上げていくと…、

「お姉ちゃん遅いよ!?今までどこ行ってたの!?」

鬼のような形相の憂がそこにいた。



寄り道しまくった私が、憂にこっぴどく怒られたのは、また別の話。




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