けいおん!

□『さよなら親友』C
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「さっぱりしたあ!」

生温かいシャワーで汗も涙も流してきた私は幾分かテンションが復活していた。

…というのも、

「もう少しで出来るからなー。」

「おう。」

長い髪を一つに結び、可愛いらしいエプロンをして台所に立つ後ろ姿は正しく『新妻』って感じで。
そんなん目の当たりにしてテンション上がらないってほうがおかしいだろ?

相変わらず現金な思考に自嘲するも、どうしようもなく心は浮かれて。
髪をタオルで拭きながらローテーブルの前に座って、もう一度澪を見る。

髪を結んでるお陰でチラリと覗く白いうなじ。
女性らしい曲線に括れた腰に掛かるエプロンの蝶結び。
タイトなジーンズは澪の形の良いお尻を際立て…――

って、おい!!私はエロ親父か!!どこ見てんだよ私っ!!!
頭をガシガシと強めにタオルドライして雑念を払う。

一人白熱した思考が落ち着きを取り戻すと、急に胸の奥が冷めていくのを感じた。

そうだ…どっかの野郎は毎日、この後ろ姿見てんだよなぁ……畜生…――









お待たせ!の声と共にテーブルに並べられたのは可愛いオムライスとサラダ。
美味しそうな匂いと湯気をたてるそれに鼻をひくつかせると、ぐぅと腹の虫が鳴いた。
間抜けな鳴き声に二人して笑うと、澪は早く食べてと私を促す。
んじゃあいただきます!一口してから予想以上の美味しさにがっつく私を、澪は行儀が悪いと咎めたけれど、その表情は嬉しそうで。
一人暮らしを始めて以来、インスタント食品かジャンクフードばかりだった私にとって久しぶりの"手料理"は本当に美味しくて。
…違うか。澪が作ってくれたから、大好きな人が作ってくれたからこんなに美味しいんだ。



「―…律、なんか変わったね。」

オムライスも残すところ半分を切った頃。
澪はポツリと溢すようにそう言った。

「…そっかぁ?どこのへんが?」

「うーん……雰囲気が、かな?」

「前髪下ろしてるからじゃね?」

「そうかもだけど、…違うな、」

「前より痩せたから?」

「…痩せたってよりかはやつれたって感じだけどな。」

「おっかしーな、ちゃんと食ってるのに、」

「流動食を、だろ?」

「…澪しゃん、顔怖いっすよ。」

話の主旨が微妙にズレてきてるのを感じながらも、じっと見つめてくる澪の顔はマジ顔そのもので。
…ちょっと、いや、すげー怖い。
びくびくする私の様子を見て、澪は一瞬、ほんの一瞬だけ悲しそうな目をして、呆れた様に大きなため息をついてくる。

「律は放っておいたら確実に死ぬな。」

「いやいや…、」

「しかも栄養失調とか餓死で。」

「…いやあ、流石にそれは…、」

「それで、だ。」

コホンと小さい咳払いをして、じっと見つめてくる瞳はさっきよりずっと優しい。

「律が迷惑じゃなきゃ、これからもご飯作りに来るよ。」

思わぬ展開に一瞬思考がストップする。

「あ、いや、私料理あんま上手くないけど…良ければって事で、」

私のスプーンと言葉が止まってしまったのが不安になったのか、またセッションしたいし、とか、コンビニ飯よりかはマジだろ?とか色んな理由をくっつけて、それでも澪はどんどん小さくなっていく。
そんな澪を視界の何処かに入れてぼんやり考える。

澪って同棲してんだよな?

「…いいのかよ、」

彼氏、居るんだろ?

最後まで言葉に出来ない私は、知っていた事だけど相当チキンだ。

「いいに決まってるだろ。ていうか、私がそうしたいんだ。」

嬉しそうに言い切る澪に、微かな疑念を持ちつつも、私はまだ澪との関係が続いていくことに小さな期待が生まれるのを感じていた。



「本当にいいのか?」

「うん、今日みたいな事あるかもしんないし。」

またバイトに出る時間になって、私は澪に部屋の合鍵を渡した。
流石に合鍵は重いのか澪は戸惑ったが、今日みたいな事があるかも知れない以上渡しておくほうが良いと押しきったのだ。
…なんていうか、なんとなく合鍵を渡しておきたい気分だった。
"恋人"にするみたいに。
決して叶うことのない願い。それにしがみつく自分は酷く滑稽だった。

「じゃあ、また来週辺りに来るよ。」

澪は合鍵を握りしめて小さく笑う。
この笑顔が見られれば、報われない想いもどこか救われる気がした。






宣言通り、次の週末にも澪は来てくれた。
その次の週も来た。
更にその次の週は二日も来てくれた。

最初に来てくれた日から一ヶ月半過ぎた頃には、週に三日にまで澪と会う回数は増えていた。
澪と一緒に居れる嬉しさが募ると同時に、疑念も比例して募っていく。
そしてそれは不意に言葉になった。


「澪、彼氏と上手くいってないのかな。」

呟くように零した私の汚い希望のような願いの声は、目前の人にしっかりと届いてたようで。

「あっ、そういえばこの前私、澪ちゃんに会ったんだけどねぇ、」

お気に入りのケーキを頬張りながら、唯は相変わらずのんびりとした口調で言う。

私と唯は大学が近い事もあってか、比較的会う頻度は高かった。
この日もたまたま帰りの時間が当たったので、行き付けの喫茶店に来たのだが…。

「澪と?」

「うん、先週かな?コンビニにアイス買いに行った時ね、」

その時の澪は?彼氏と上手くいってないって感じだったのか?ああー!そこで区切るなお茶飲むな!早く…焦らすなよ唯ぃぃ!
一人勝手に悶々とする私をよそに、唯はお茶飲んで一息つくと続きを話し始める。

「すんご〜く幸せそうな感じだったから、『彼氏と上手くいってるの?』って聞いたら『最近凄く良い感じなんだ』って嬉しそうに笑ってさあ。
あの雰囲気からすると、彼氏とは相当上手くいってると思うよ〜。」

いいなぁ〜、私も彼氏欲しいなぁ…なんて嬉しそうに唯は微笑む。
その笑顔からも澪が幸せそうだったと読み取れて。
澪が幸せなら私も嬉しいのに。
嬉しいはずなのに。

「そっかぁ…、上手くいってんのか、澪は。ハハ…そっかぁ、良かった良かった!」

言葉とは裏腹に、こんなにも澪の破局を願う自分は汚くて、…本当に最低で。

自己嫌悪に押し潰されそうになった私はその晩、適当な女を身繕って鬱憤を晴らすかのように横暴に、乱暴に抱いた。
幾度となく絶頂に達する女に構うことなく、果てる事の無い私は何度も何度も、女が泣き喚いて失神するまで攻め立てた。
窓から射し込む朝日に照らされた女の身体には、噛み跡や引っ掻きキズが結構あって、それが更に自己嫌悪を増幅させた。

―…何やってんだ、私は……―

やってる事が馬鹿すぎて、もう自嘲すら出来ない。
深い、深い溜め息を吐いて、眩しい朝日射す中、ただぼんやりと視線を泳がせていた。






12月にもなると、澪は週5回にまで部屋に来る回数が増えていた。
最近に至っては、時間が合わないと料理がテーブルに並んでたり、弁当まで置いてあったりした。
それはまるで通い妻みたいに。澪は私の部屋へと足を運んでいた。

唯は、澪は彼氏と上手くいってるなんて言ってたけど、こんなにも私に…友達に時間を割けるものなのか。
やっぱり本当は彼氏と上手くいってないんじゃないか。
…嫌でもそんな事ばかり考えてしまう日々に、私の神経は焼き切れてしまいそうになる。

自己嫌悪とフラストレーションは、澪と会う度に増していった。
その捌け口として、酒と女の量も回数も増えた。それは寝る間も惜しむ位に。

少しも考えたくなかった。
考える暇なんか欲しくなかった。
考えだしたらたら、行動に移してしまいそうだったから。

たとえ自分の想いを殺してでも、やっと取り戻せた"親友"を私は二度と手放したくなかった。


…そう思っていた。


でも、私は昔の…澪の親友だと言い切っていた頃の"私"じゃなくなっていた。

そんなのはとうの昔にわかってたはずだったのに…。






「ね、律…早く来て?」

胸糞悪くなるような猫なで声で私を呼ぶ女は、私を前から気に入っていたという大学の先輩だか後輩だか同期だったか。
バイトまで少し時間があったから誘っただけで。
もっとも、

『雨宿りしてくか?』

こんな言葉で釣れるんだから、この女も大したことない。
こんなふうに思ってしまう私は最低に最低だ。
それでも結構。
もう心の痛みなんてとっくの昔に忘れてた。


「ね、早くぅ…、」

思考に耽ってしまっていた私を急かすように、女は私のシャツに手をかける。
自分の下になっている女は澪とは微塵にも似ていなかった。
電気を点けない部屋は、時間帯的に闇に染まる事はなかったけど、晴れの日よりは随分薄暗い。
私は澪を思い浮かべ、脳内変換を行う。

―…ぱたぱたぱた!

窓に当たる雨の音が私を責めているようで、やけに耳に残る。
雨の音に集中力が殺がれて、澪を上手く思い浮かべられない。
小さく舌打ちをして、肉食獣が食事をするかの様に女の唇に噛み付いた。
キスとはかけ離れたその行為にも、女は歓喜の吐息を震わしながら漏らして。
イラつきのままに胸をもみしだく。愛撫とは程遠い力で。
それでも。女は苦痛の声一つあげず、興奮した様に喘ぎ私の上着を取り去る。
エアコンをガンガンに点けていても12月、流石に素肌を晒せばゾクリと身震いが起きる。

「律……綺麗。」

私の鎖骨に舌を這わせて女は言う。
私の何処が綺麗なのか言ってみろ。私の事なんか何も知らないクセに。
心の中で毒づいて、女の内股を撫で上げて、既に熱く濡れている其処に指を這わす。女の息が荒くなる。

「んっ、…律…っ、」

「…もうこんな濡らしてんだ?」

ひくつく其処を人差し指で弄り、立てる粘着質な水音は卑猥極まりなく。

「りつぅ…早く、…焦らさないでぇっ‥!」

切な気な声で自ら腰をくねらせて懇願する女に、私は口端をつり上げる。
いやらしく涎を垂らす其処に、女の望み通り指を三本、指の付け根まで一気に突き挿してやった。

「あぁっ、ん!」

女は喉を反らして嬌声をあげる。
大した愛撫も無しに、私に抱かれる女はいつもこうだ。

「欲しかったんだろ?なあ?」

入り口付近まで指を引き抜き、勢いを付けて突く。
それを何度も何度も、速度を早めて行う。

「りっ…、はぁっ…すご、い、ぁっ!」

恍惚とした表情で、唇の端からはだらしなく涎を垂らして喘いで。私の抱く女はいつもこうだ。

…澪はどうだ?

いや、澪だってそうだろ?今だって…ほら、私の下でよがって可愛い声で鳴いてるじゃないか。
私が欲しいって。私が。

「…り、つぅ…あんっ、りつっ!」

もっと呼んでよ、澪。

「っりつ…好きっ、」

私も好きだよ、澪。

「あっ!…ふあぁっ!」

女の身体が小刻みに震えて絶頂が近い事を知らせる。
とりあえず一回イかせてやろうと思った瞬間だった。

ガサッ!と、何かが落ちる音。
驚いて物音の方を向くと……――

「み、…お…っ、」

声が上手く出せなかった。
雨の音が響く薄暗い部屋の入り口に、澪は立ち尽くしていた。



表情の無い澪の瞳には、私が映り込んでいた。


"知らない女"を抱いた私が…――







……To be continued


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