けいおん!

□『さよなら親友』B
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明かりを落とした部屋。

暗闇に慣れてきた私の視界には、潤んだ瞳の澪の姿。

抱き寄せて想いのままに唇を貪る。

「っんぅ……律…、」

吐息混じりに甘い声。
沸き上がるどうしようもない愛しさを覚え、その衝動に身体を突き動かされる。

「みお…好きだっ、」

「あっ、…りつぅっ!」

豊満な胸に顔を埋めて、深く差し入れた指で澪を愛してゆく。



「りつっ!わ、わたしっ…もうっ!」

「みお好きだっ、みおっ!みおぉっ!」

「あっ、や…ああぁあーっ!」

澪のなかが"きゅん"となって私の指を締め付ける。
その愛しい感触に、背中にぞくぞくと快感が走り抜けていく。



「みお…気持ち良かった?」

息が落ち着いてきたのを見計らって、耳元て囁くように訪ねる。
まだ澪のなかにいる指は緩く締め付けられてて、質問は愚問に近いんだけど。

「…うん。ねえ、律?」

「ん?」

「私の名前…"みよ"よ?」

…ああ、そうだっけ?

…そうだったな。名前が似てるから抱いてるんだ。

最中に"澪"って呼びたいから。

「何度も間違えないでって…あぁっ、」

…煩いな。人が気分よくなってるんだから、少し黙っててくれるかな?

指を少し曲げてなかを刺激してやれば、"みお"は快感を前にして静かになる。

「は、…っりつ…んっ、…りつぅ、」

…そうそう。そうやって私の名前を呼んで感じてて。
その声、脳内で澪に変換するから。

「…好きだよ、みお…!」











夏も終わり秋めいてきたある土曜日。
この前の澪との約束の日。
場所はリーダーに頼んで練習後の一時間、スタジオを借りる事が出来た。

「それじゃあ私達は先帰るから。くれぐれも練習"外"で使用しないようにね。」

「はぁい…って、どーゆー意味ですか、それ。」

出口のドアから私をニヤニヤしながら見るリーダーは何とも楽しそうで。

「ふふっ!ほら、律ってばうちらの中で一番オオカミさんだから!」

「んなことないし!っていうかオオカミ度はリーダーにゃ敵いませんからっ!」

いや、本当に。っつーか敵いたくもないけど。
ふふーっ!またまたぁ!…なんて爆笑されてもなぁ。

「まっいいけど?じゃあ最後戸締まりだけ宜しくね。」

「あ、はい!ありがとうございます!」

手の平をひらひらさせながら帰っていくリーダーに頭を下げる。

「―…さて、と!」

澪からの到着メールを待ちがてら、私は逸る気持ちを落ち着かせる為、一人ドラムを叩いた。





「―…遅くなってごめん!」

ベースを背負った澪が現れたのは約束の時間を5分ほど過ぎた頃だった。
走って来たのか、頬は紅潮して息も弾んでいた。

「気にすんなって。バイトだったんだろ?」

「うん。ちょっと時間、食い込んじゃって…、」

額に浮かんでいた汗を拭って、澪は申し訳なさそうに弱く笑った。

「ちょい休憩してからにすっか?」

「いや、時間勿体無い。やろう、今すぐ!」

言うより早く、ベースを取り出して澪はスタンバイする。

「へへっ、そーこなくっちゃな!」


こうして高校時代以来、実に数年ぶりに澪とのセッションを楽しんだ。









「いやあ!やっぱ澪のベース最高だなっ!すっげえやりやすいし!」

一気に飲み干したジョッキをドンと置いて、私は未だ興奮から醒めずにいた。

「律のドラムも最高だよ。相変わらず走ってるけど、パワフルで引っ張ってくれるし。…うん。やっぱ楽しいよ、律とやるの。」

ジュースみたいなカクテルを一口飲んで一気に喋る澪も楽しかったからか、少し興奮してるみたいだった。

結局セッションは時間いっぱいまで続いて、このままバイバイもないよなって事で、私達は居酒屋に入った。
そして今、久々のセッションにテンションの上がった私達は、話に華を咲かせているのであった。
大学での話やバイトでの話。
唯やムギ、梓とかの話。
高校以来すっかり疎遠になってしまった穴を埋めるように、私達は話しまくった。
…ある話題を避けて。
それは私だけではなく、澪自身も避けている事に何となく気付いた。
それが必然なのか偶然なのか。
ぼんやりそれ考えると自然に口数が減り、やがて会話が途切れた。

澪が私を真っ直ぐ見つめていた。
私も澪を真っ直ぐ見つめていた。

周りの喧騒が、酷く遠くに感じた。
代わりに自分の心音がやけに大きく聞こえる。

澪のグラスの氷が音をたてて崩れた。

「…なに黙りこんでんだよっ。」

氷の音が再生スタートのスイッチみたいになって、澪はふっと破顔する。
私もつられて笑った。

勿論、上辺だけの作り笑いで。






「――そういえばさ、」

終電の時間まで飲んでた私達は慌てて居酒屋を出た。
今は駅に向かって急ぎ足中で。

「この前、ご飯作りに行くって言ったろ?」

「うん。」

「明日昼くらいに行ってもいいか?」

「いいよ。」

「…ありがと。」

「や、逆じゃないか?お礼言うの。」

「…そうだな。」

可笑しくなって二人共笑うと、駅に着いた。
何とか終電に間に合ってホッとする。

「じゃあ、また明日な。」

「おう。」

改札を隔てて手を振る澪に私も手を振り返す。
澪の姿が見えなくなってから踵を返した。


途中変な雰囲気になったものの、久々のセッションもお喋りも楽しかった。
こんなに満たされたのいつ以来だろう?
しかも明日は澪が飯作りに来てくれるっていうし…。

明日が楽しみで、ほろ酔い状態も手伝ってか口笛なんか吹いてる自分が居て。
ああ、浮かれてるなぁ私…なんて他人事のように思った。


「―…つ?律じゃない?」

「んあー?」

不意に呼ばれた方に向くと…んーと、……誰だ?
私の記憶に無い女の子はクスクスと笑う。

「覚えてない?ほら、この前のライヴの打ち上げの時…、」

「あ、…あー?」

そういや居たかな、この子。言われてみりゃ居た気がしてきたなぁ。

「…んで、私に何かな?」

相手はどうであれ、私からすれば初対面みたいなもので、呼び止められた意味がいまいちわからない。

「よければ一緒に飲みに行かない?あたしの奢りで。」

それは微妙に飲み足らない貧乏学生にとっちゃ嬉しい誘い文句で。
浮かれて居た私は、"ラッキー"だとばかりにその女の子についていった。









「うああ!マジでサイテーだし!」

真上から若干西へ傾いた太陽の下、私は部屋に向かって全力疾走していた。

あの後、明け方までバーで飲んでから酔った勢いというか、なんというか。
そのままラブホに入って……、起きた時にはもう午後2時をまわっていた。
慌てて携帯を確認して私は一気に血の気が引いた。
お先真っ暗な顔したバカが、充電の切れた携帯の真っ暗なディスプレイに映りこんでいたからだ。

自分のバカさ加減にうんざりするけど、今は凹んでる場合じゃない!
とにかく急ぐしかねえ!





「―…っだよなー、」

ぜえぜえはあはあ。
酸素を求めて暴れまくる心臓を押さえて、諦めに似た気持ちでそれを見た。
ドアノブに下げてあるそれ、…スーパーの袋には食材が汗をかいて入っていた。

澪はどれくらい待ってたんだろう…。
携帯繋がんなかったし…メールとか来てたんだろうな…。
いい加減怒って帰っちゃったよなぁ、やっぱ。

申し訳無い気持ちが押し寄せて、鼻の奥がツンとしてきた。
…ヤバい、情けなくて泣きそうだ。


「…律?」

「ふえ?」

あれ?澪が居る…?

「どこ行ってたんだよ、…結構待ったんだぞ?」

「ごっ、ごめん。…もう帰っちゃったと思った。」

「…喉乾いたからお茶買に行ってたんだよ。」

澪の手にはペットボトルのお茶。
待たされまくった筈なのに、向けられた笑顔は眩しくて。

…本当に眩しくて、私はまた泣きそうになるだけだった。










自分がバカだってのは自分が一番知っていた。
身も心も汚れきった私が、どんな関係でも澪と釣り合うはずがない。

…本気でそう思っていた。

だから、私は気づかなかった。

だからこそ、私は気づこうともしなかった。

澪の笑顔の意味を。

…その真意を。








……To be continued


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