けいおん!

□『さよなら親友』@
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『ごめん、律。』

『澪…?』

『私…彼氏居るんだ、だから…―――』





「―――っ!!」

映画やドラマみたいに上半身を跳ね上げ、私は眠りから覚醒した。
嫌な夢を見たせいか呼吸が荒くて、苦しい。
いや、嫌な夢…と言うか、過去と言うか、フラッシュバック?
ざわつく胸を落ち着かせるために、深い溜め息をついて。
ぼんやりと時計を見る。薄暗い中にデジタル文字が浮き上がり時刻を示していた。
2時40分。
明日…っていうか今日は朝から講義もあるしバイトもガッツリ入ってる。
寝なくちゃいけないのは重々承知だったけど、とても眠れるとは思い難かった。
それに、

「……頭痛ぇ。」

こんな夜は決まって激しい偏頭痛に悩まされるんだ。




ローテーブルに置きっぱなしのウィスキーを空いてたグラスに注いで、一気に煽る。
喉が焼けつく感覚。
アルコールが身体中に巡る感覚。
酔わなければとてもやってられない感情に、私はまたグラスを満たし、傾ける。


――あの日の事は悪夢となって、幾度となく私を苦しめていた。
トラウマといってもいいのかもしれない。

あれは、そう。高校卒業間近の事。



元々頭の良い澪は、私なんか足元にも及ばない大学に受かっていて。
初めて澪と離ればなれになってしまう事実に、私は不安でしかたなかった。
どうしても一緒に居たかった私は無い知恵をフル稼働させた。
大学が違っても一緒に居られる方法は一つ。
ルームシェアで一緒に暮らす事。
二人の大学に近い所に良い部屋も運良く見つけた。
澪を近くの公園に呼び出して話を持ち出す。
きっと澪なら了承してくれる。幼なじみの勘はそう言っていた。

『なあ澪。もうすぐ卒業だな。』

『そうだな。』

『離ればなれになるな。』

『…そうだな。』

夕闇迫る公園に、子供達のさよならの声が小さく響く。

『あのさ、澪。』

『ん?』

『一緒に暮らさない?』

『えっ?』

驚いた表情の澪に、私は小さく笑った。

『いや、良い部屋見つけたんだ!私達の大学に近い所でさ。通学とか楽だしさ。
二人でバイトしながらとか楽しくない?』

来るべき近い未来に思いを馳せて笑顔になる私と対象的に、澪の表情はどんどん曇っていく。

そして。

『ごめん、律。』

向けられた表情。
声色。

『澪…?』

私にとって一生忘れられないものとなった。

『私…彼氏居るんだ、だから…―――』

大学始まったら、彼氏と一緒に住むんだ。

その言葉は私をどん底に突き落とすには十分だった。




「――…いってぇ、」

痛むのは頭か心か。
思考に耽っているうちに開けたばかりのボトルは半分以下になっていた。
アルコールもかなり回っているのが自分自身で解ってても、グラスから手が離れなかった。
…誤解ないように言っとくけど、別にアル中じゃない。
とにかく、こんな夜は今までの事を思い返す訳で。


高校卒業した際、放課後ティータイムは一時活動停止になった。
皆バラバラの大学になったってのもあるけど、一番の理由はムギが海外の大学に留学になったからだった。
ムギが居ない四年間、キーボード無しじゃキツイし、他のキーボード入れる気にはならないし。この期間は各々の腕を上げるということになった。
私は正直なとこ安心してた。
大学入ってからの澪に会うのは辛かったから。
…何で辛かったのか。
その理由はすぐにわかる事になった。

大学に入って、軽音サークルでドラム叩いて、バイトして、気ままにアパートで一人暮らしで、それなりに私は大学生ライフを楽しんでいた。
そんな中、一年の夏に告白された。
軽音サークルのメンバーで同い年の男の子だった。
今となっては思い出せないし、よくわからないんだけど、私はその男の子と付き合う事にした。
初めて"恋人"と言うものが出来て、私はガラにもなく恋する乙女ってやつになってた。

でも、すぐにそれは終わりを迎えた。

理由は簡単にして単純。
私がキスを出来なかったから。

気不味い雰囲気のまま私達の仲は自然消滅。
それでもサークルには彼が居る訳で、なんとなしに居心地が悪かった。
そんな中、サークルでライヴをした時だった。
帰り支度の最中、ライヴを観に来ていた女性に呼び止められた。
その女性はバンドリーダーで、最近抜けたドラマーの代わりを探していたらしい。
外バンの誘いだった。
サークルの事もあったし、新しい人が入るまでの期間限定でって事で私は二つ返事でそのバンドに入った。

そのバンドはガールズバンドで高校時代をなんとなく彷彿させた。
ライヴもちょこちょこやってて、久しぶりのバンド活動は楽しかった。

私が加入しから何回目かのライヴでの打ち上げ。
私はリーダーに一人の女の子を紹介された。
五つ年上のその女の子は私のファンだと言った。
長くて黒い髪が何処と無く澪に似てると思った。

…どうしたかなんて覚えて無かった。
何時もよりはしゃいで飲み過ぎたせいかもしれない。

過程は覚えてないけど、私はその女の子の部屋に居た。
酔った勢いだったのか、鬱憤晴らしだったか。
激しいキスをして身体を絡めて……―――

気付いたのはその最中だった。

私は男よりも女のほうが良いって事。
それと、
誰よりも澪が好きだったって事。
…今更気付いても遅いって事。


この時を境に私はどっか壊れちゃったんだろうなぁ。
荒れていく心に感情がついていかない日々。



「――…マジでいてぇし。」

頭痛は収まるどころか激しくなるばかりだ。
普段はこの位飲めば酔って寝てしまえるんだけど。
ボトルに申し訳無さそうにしている残りをグラスに注ぐと人の気配。

「……りつ、起きたの?」

「ん。」

薄暗いなかベッドから起きてきた女は裸だ。今日のライヴで調達した女だった。名前も知らない。
ただ、長い黒髪と気の強そうな面持ちが気に入っただけだった。


「飲んでるの?あたしにも頂戴?」

甘えた声がやけに勘に障る。
口いっぱいに含んだウィスキーを乱暴にキスでくれてやった。

「んっ、…りつぅ、」

そのまま押し倒して口内を犯してゆく。
卑猥に響く水音に私の手は止まらない。





―…きっとあの時、私はどっか壊れちゃったんだろうなぁ。

「やぁっ…りつっ!激し…っ!」

―…だってほら、今抱いてる女。名前だって知らないのに。
薄暗い中見れば、澪に見えるじゃないか。
妄想や空想で澪を抱いて自分を慰める。

…こんな私はどっか壊れてるに決まってる。












―…コンコン。

ドアがノックされる音に意識が浮上した。

「…いて。」

ガンガンする頭痛は単なる二日酔い。
隣には知らない女。
時計を見れば昼過ぎ。

「…サイテーだな。」

何が?

誰が?

自分が。

自嘲的な笑いが込み上げてきて、自己嫌悪に吐き気がする。

―…コンコン。

またもやノックの音。
脱ぎ捨ててあったパーカーを被って、仕方なしに玄関に向かう。

「新聞ならお断りですよー。」

言いながらドアを開けたその先に居たのは…―

「…久しぶり、律。」

妄想でも空想でもない、澪だった。






……To be continued


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